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ゴールデンウィーク後半二日目の今日は、俺の誕生日である。
が、毎年祝ってくれる湖宵が、まだ何も言ってくれない。
別にこの歳になって誕生日を祝ってもらいたいなんて思ってないけど、俺だって彼女からおめでとうくらい言ってほしい。かと言って自分から切り出すなんてできないし、俺は待つことしかできない。
仕事をしているフリをしながら様子を伺ってみると、湖宵はいつも通りソファに座って本を読んでいた。
「……ねえ湖宵」
「何?」
恐ろしいくらいに何の感情も感じられない声に、柄にもなく怯みそうになる。
「コーヒー、淹れてくれない?」
「あー……いいよ」
今の間、絶対に面倒くさいって思った。
言わなければ良かったと後悔するも、時すでに遅し。
数分後には、はい、とデスクにマグカップが置かれた。
「ありがと……」
「うん」
自分の分のコーヒーを飲みながら読書に戻ってしまった湖宵は、更に話しかけづらいオーラを発している。
忘れられていたなら忘れられていたで、じゃあプレゼントは湖宵でいいやという流れにしたかったのだが、その実現も難しい。でも、一日この空気の中で過ごすのも嫌な話だ。
第一、仕事にも集中できない。
こうなったら、行くしかないか。
「そろそろ休憩にしようかな」
カップを持ってソファに向かうと、湖宵は横に移動してスペースを空けてくれた。
「何読んでるの?」
然り気無く体を近づけて尋ねると、湖宵が本の表紙を上にした。
「生物学の本。人間が神を信じるシステムとか書いてあるの」
「へえ、おもしろそうだね」
「読み終わったら貸してあげるよ」
「うん」
あっさりと会話は終了し、湖宵はまた本に視線を落とした。
特にすることもなく、俺は湖宵を横から眺め続けた。
綺麗にカールしてる睫毛に、すっと通っている鼻筋。ページを捲るしなやかな指は、爪が丁寧に手入れされていた。
「……見られてたら集中できないんだけど」
俺の視線に気付いた湖宵が、本に目を向けたまま呟いた。
「あ、ごめん」
「いや、別にいいんだけどさ。臨也って意外とそういうとこ子供だよね」
「は?」
妖しく弧を描く湖宵の口に、悪い予感しかしない。
湖宵は本を閉じると、テーブルに置いた。
「本当は臨也が自分から言うまで待ってるつもりだったんだけど、私がもう限界みたい」
「え……もしかして……」
嵌められたのか、とようやく気づく。
ずっと素っ気なかったのも、すべて演技だったというわけか。
しかし、情報屋としていくら恐れられていても、湖宵の前ではただの一人の男だということを認識させられる、いい機会だったのかもしれない。
「湖宵にやられるなんてね」
「これくらいできないと、何年も臨也の相手やってられないよ」
悪戯っぽく笑う湖宵に、さっきまでの重々しい気分も、霧が晴れるように消えていく。
「それで?湖宵は何をくれるの?」
「いきなり態度変わったね」
湖宵は足元のバッグを持ち上げて膝に乗せ、中から白い封筒を取り出した。
「え、現金ってオチじゃないよね?」
「それは中を見てからのお楽しみ」
受け取った封筒は何も入っていないかのように薄っぺらい。中を覗くと、三折りにされた紙が入っている。
引っ張り出して広げてみると、それはまだ何も書かれていない婚姻届だった。
「これ……」
痛いくらいに高鳴る心臓と、驚きすぎて少し震えている声。
まったく予想をしていなかった物に、興奮を抑えきれなかった。
湖宵を見ると、先程とは違い目が真剣味を帯びていた。
「決めるのは臨也だよ。……もらってくれるの?」
言った後で恥ずかしくなったようで、湖宵の頬が紅く染まっていく。
たぶん、俺の顔も赤いだろうけど。
ゆっくりと手を延ばして、湖宵を腕の中に納めた。
「ありがたくいただくよ」
Happy Birthday to IZAYA
on 2012.05.04
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