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気がつくと、家の玄関に立っていた。
帰ってくる途中のことがまったく思い出せず、不思議に思いながらブーツを脱ぐ。その時、ふと下を見ると、小さいピンク色の子供の靴と、黒い男物の靴が置かれているのが見えた。

――誰?

恐る恐るスリッパを履き、リビングに続くドアを開ける。

「おかえりママ!」

開けた瞬間に女の子の高い声がして、足に圧迫感を感じた。見下ろすと黒髪の小さな頭が見えて、足に女の子の腕が巻き付いていた。

「え、ちょっと……」

「おかえり、湖宵」

焦っていると、聞き慣れた澄んだ声がした。
状況が理解できず、脳がパンクしそうなくらいに混乱する。

「いざ、や……」

目の前には臨也がいて、自分の家の筈なのにいつもと違う景色。
四人用のテーブルと、1つだけ置かれた子供用の背が高い椅子。棚の上にはいくつもの写真立てが置かれており、固定電話まである。

「あのね、今日ね、幼稚園の帰りにパパがケーキ買ってくれたの!」

足元で飛び跳ねながら、嬉しそうに話す女の子。臨也のような綺麗な赤い瞳をしていて、私の小さい頃によく似ている。
一緒に見えた自分の左手には、薬指にシンプルなシルバーの指輪が光っていた。

「こらこら、ママは疲れてるんだから静かにね」

そう言って、臨也が女の子を抱き上げた。
その時見えた臨也の左手の薬指にも同じ指輪が光っていて、脳がようやく一つの結論に辿り着く。

「臨也……静雄は?」

「は?」

静雄の名前を出すと、瞬時に臨也が嫌そうな顔をした。

「なんでシズちゃんの名前なんて出すの?ていうか、今日幼稚園に行ったら、出会っちゃったんだよね。陽向君のお迎えとか言ってさ、ほんと最悪」

「陽向君?」

「シズちゃんとこの息子だよ。茉莉の一つ下の」

「陽向君かわいいよ!」

恐らく、茉莉というのは臨也が抱いている女の子のことだろう。それは、もし私が結婚して女の子が生まれたらつけようと思っていた名前だった。

私の考えが正しければ、これはきっと、私が欲しかった未来。
私が本当に望んでいた未来……。

「湖宵、どうかした?」

「いや、なんでもないよ」

女の子の頭を撫でると、その子は嬉しそうに笑った。

きっとこれは、神様が最後に見せてくれた夢だろう。
せめて命が尽きる前に、一度だけでも笑えるように。

でも、私はこの未来を手に入れることはできなかった。

「ねえ臨也」

「ん?何?」

それに、今目の前にいる臨也は、私が知ってる臨也じゃないから。
私の知っている臨也は、その笑顔を私には向けなかった。

「私、臨也が好きだったよ、ずっと……」

「え?どうしたの、急に」

「ずっと、好きだった。でもさ、臨也にとって、私は友達でしかなかった」

臨也に抱かれていた女の子が、ゆっくりと消えた。
女の子だけじゃなく、元々部屋になかった物も消えていく。

「湖宵はそれでいいの?全部元に戻っちゃうよ?」

臨也が不思議そうに尋ねてくる。
その間も、部屋は元に戻ろうとしていた。

「本当は、さっきみたいな未来が欲しかったよ。周りはみんな幸せそうだし、私だけ置いていかれたみたいで悔しかった」

「それなら、ずっとここにいればいい。欲しかったもの、全部手に入るんだよ?」

「そうだね。私だってそうしたいよ。でもね……あっちが、私の選んだ未来なの。今こっちを選んだら、私は今までの自分を否定することになる」

「……」

「そろそろ、臨也離れしないとね」

私と臨也の手から指輪が消えた。

「だから、さようなら、臨也。私、今度こそ自分で幸せになるから」



ばいばい、臨也――



目を閉じてからもう一度開くと、そこにはもう臨也の姿はなかった。



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