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□桜色に想いを乗せて
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二階にある研究室の窓から、中庭で行われているサークルの勧誘を眺める。早く着きすぎたらしく、他の生徒どころか教授さえいない。
白衣だけ着て、カフェテリアの前の自販機で買った缶コーヒーを開ける。
窓を開けてみると、桜の花弁が一枚窓枠に引っ掛かって落ちていった。それを見下ろすと、下には柔道部の暑苦しい道着姿の群れ。視線を逸らした先には、チアリーダーの群れだった。
「あ、やっぱりいた」
いきなり背後で声がして、驚いて振り向く。
そこにいたのは、研究室の白とは対照的な黒。
「なに勝手に入ってきてんの」
と言うより、臨也が大学に来ていること自体が珍しい。
いいのいいのと笑いながら、臨也も私の背中越しに中庭を覗いた。
「今年も多いねえ」
「あの気合いの入れ方は私達には理解できないよね」
「だね」
臨也は窓から離れて、近くから丸イスを取って戻ってきた。私の隣に座り、無言で私の手から缶コーヒーを奪った。
私もまだ飲んでないのにと視線訴えると、機嫌とりのつもりか頭を撫でられた。
「また何か奢るから」
「寿司」
「はいはい」
臨也は金だけは持っているのだから、こういう時こそ使わせないと。
「ていうか、ちゃんと進級したんだね。ほとんど単位ないくせに」
「そんなのちゃちゃっと変えればいいんだよ」
「うわ、最低だな」
最低なんて、臨也にとっては褒め言葉にしかならないが。
だが、正直言うと臨也が羨ましい。この歳で馬鹿みたいに稼いでいいとこに住んで、とっくに一人立ちしている。
本当に羨ましい。
「はぁ……」
「ん、どうかした?」
つい出てしまった溜息に、臨也が反応する。
「いや、家出たいなーって思って」
「そう言えば、湖宵ってまだ実家暮らしなんだっけ?」
「うん。今年は弟が受験だし、私も卒業論文書かなきゃだし、家うるさいんだよね。でもそんな金ないし」
研究が忙しくてバイトも少ししかしていない私に、家賃を払う余裕なんてない。
窓枠に肘をついて頭を乗せ、ちょうど顔の前に飛んできた桜の花弁に息を吹き掛けた。風で顔にかかる髪を手で押さえ、ジャズ研究会の音楽に耳を傾ける。
「ねえ」
サックスの音を聞いていると、横から澄んだ声が割り入ってきた。
首を回して隣を向くと、同じように中庭を見下ろしている臨也の端整な横顔。
「うち……来る?」
「え?」
臨也の短い言葉の意味が理解できず、尋ね返す。
「何かあるの?」
「いや、そうじゃなくて……うちで暮らさないかってこと」
「……それって、同居?」
「そうなるね」
ふざけているようには見えない臨也の表情に、私の中に焦りが生まれる。
「でも、私達別に付き合ってるわけじゃないし」
「じゃあ、付き合えばいい」
サラリとかなり重大なことを告げた臨也に、呆れを越えて笑いしか出てこない。
「やだなあ、真面目な顔で冗談言わないでよ」
「冗談じゃないよ。俺、今本気で湖宵に告白したんだけど」
波が引くように、外から聞こえてきていた音が遠くなっていく。
「あ、まだ疑うなら今日湖宵の家行って、御両親に直接言うけど」
「結構です」
臨也なら本当に来そうな気がする。
どっちみち説明はしなきゃいけないけど。
「で、返事は?」
ふわふわと、臨也が着ているコートのファーが揺れる。
「よろしくお願いします」
桜色に想いを乗せて
END
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新生活を始められた方に
おめでとうございます