黒き影とともに
□カメレオン
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都内某所にあるクラブハウスの三階の一室。
案内されてそこに入れば、ホールから響いていた扇情的な音楽が遮断された。
暗めの青い壁に、白い大理石のテーブル、黒革のソファ。そのソファの中央に座っていた大学生らしき男に、ここまで名前を案内してきた男が頭を下げた。
「四十万さん、連れてきました」
「ああ、ご苦労様」
四十万は目の前に立つ少女を、値踏みするように頭からつま先まで眺めた。
「君が、岸谷名前ちゃん?」
「はい」
「へえ……君が……」
四十万は組んでいた足を変え、ソファに体を深く沈めた。
「思っていたよりも若いんだね。えーっと、まだ高校生だよね?すごいなあ。その歳でもう情報屋として稼いでるんだ?」
名前はその質問には答えず、一歩足を踏み出し四十万との距離を詰めた。
「貴方達に協力してもらいたいことがあるんです」
「……へえ」
四十万は口元を歪ませ、立ち上がった。部屋に置かれていたダーツボードに近づき、数本刺さっていたダーツの矢をまとめて引き抜く。
「折原臨也を潰したい、だっけ?」
掌の上で矢を転がしながら、四十万は名前の方に振り向いた。
名前は手を握り締め、視線を落とした。
「あいつのせいで何もかも滅茶苦茶……今まで築いてきたものが全部奪われた!」
すました顔をしていた名前が、突然怒りを顕にして叫んだ。
名前は四十万に駆け寄ると、彼が着ていたシャツの胸元を握りしめて訴える。
「お願いします!力を貸してください!私が知ってることならなんでも話しますから!」
名前の頬を、涙が伝う。
四十万が調べた限り、岸谷名前という少女はいかなるときでも冷静沈着で、あまり感情を表に出さないタイプの人間であるはずだった。一見普通の女子高生であるが、裏では情報屋として名を馳せている。
そんな彼女が、今自分に縋り付き泣いている。その光景に、四十万は笑みを浮かべた。
「あいつを潰さないと気が済まないの!あなた達ならできるでしょ!お願い!助けて……ッ!」
所詮はまだ子供か、と四十万は胸の内でほくそ笑んだ。
「君がどれほどあの男を恨んでいるのかは分かった。だから、落ち着いて詳しく話してくれ」
四十万は名前をソファに座らせると、何か飲み物を持ってくるように部下に言った。
四十万はビリヤードの台に凭れ、名前が落ち着いて自分から話し出すのをまった。
1分ほど経ったところで、ようやく名前は口を開いた。
「……裏切られた……折原臨也に……。今まで少しつずつ手に入れていた情報も、全部奪われました……」
「全部?」
「正確にいうと、パソコンに入れていたものは、全部。手元にあったUSBは無事だったけど……パスワードも変えられて、私は、何一つ見れなくなったんです……」
名前はバッグの中から、USBを一つ取り出した。
「これは、ちょうどあいつに言われて調べていたもの……貴方達の情報が入っています」
名前はUSBを四十万に投げた。タイミングよくキャッチし、四十万はそれを見下ろした。
「ここに来ることはできたし、もう必要ないから貴方に渡しときます」
「成程。最後に残ったのが俺達の情報だったってわけか」
名前が頷くのを確認し、四十万はUSBを着ていたジャケットの内ポケットに入れた。
ちょうどジュースを持って戻ってきた部下からグラスを受け取り、名前の隣に腰掛けた。
「はい」
「ありがとうございます……」
名前はグラスを受け取ると、一口オレンジジュースを飲んだ。
「私にできることなら、なんでもします。だから……ヘブンスレイブに、協力させてください」
信じていいのか。
四十万は俯いている少女を見下ろし、自分自身に問い掛けた。
名前の話が真実かどうかは、確かめる術はない。名前が折原臨也のスパイだという可能性もある。
嘘か、本当か。
嘘ならば、四十万達の情報は名前を通じて折原臨也に筒抜けになる。しかし、名前が言っていることが本当ならば、強い味方を手に入れることができるのだ。
確率は2分の1。
いずれにせよ、折原臨也が自分達のことを調べているということには変わりない。名前に調べさせていたとしても、既に臨也自身が情報を掴んでいるという可能性もある。
名前が四十万を見上げた。
大きな瞳には、まだ涙の膜が張っている。
名前の必死な表情に、四十万は表情を和らげた。
「分かった。女の子一人でここまで来てくれたわけだし、互いの利害が一致するなら協力するしかないな」
四十万の言葉に、名前に笑みが広がった。
「ありがとうございます!」
「ああ。取り敢えず、連絡先を交換しよう。こんな時間だし、君はもう帰った方がいい」
「はい」
名前はプライベート用の連絡先を四十万に教えた。
最初に案内した人物と同じ人に送られ、すぐに名前はクラブハウスを出た。
礼を言いながら笑顔を向ければ、その人物は鼻の下を伸ばしながら中に戻っていった。
建物に背を向けた瞬間、名前の笑みはその種類を変えた。
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