黒き影とともに

□夏空の下の曇天
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程よく冷房が効いた高級車内。
臨也と四木の会話を聞き流しながら、名前は窓の外を流れる景色を眺めていた。夏休みのせいか、中学生や高校生の集団があちこちにいる。羨ましいとは思わないが、平和そうな様子を見て苛立ちを感じた。
バックミラー越しに、四木が不機嫌そうな名前を見た。

「どうかしたのか?眉間に皺が寄っているぞ」

「……いえ、なんでもありません」

指摘されて、名前は前を向いた。

「ところで、お二人にお聞きしたいのですが……『アンフィスバエナ』、という名に心当たりは?」

「リビアに住むと言われる、双頭の毒蜥蜴ですね」

すぐに答えた名前に、臨也が苦笑する。

「まあ、この子の言う通りですよ、四木さん。それがどうかしましたか?」

「アンフィスバエナという名前の組織……いや、店名とでも言うべきか、そういう名前の闇カジノを仕切るグループがありましてね」

「なるほど?粟楠さんが仕切ってる賭場の中にはない名前ですね」

意味ありげな言い方に、名前は前を向いたまま臨也の太ももをつねった。目を細めて見下ろしてくる臨也に、余計なことは言うな、と視線で訴える。
そんな二人のやりとりに気付いているのかいないのか、四木は話を続けた。

四木の話によると、アンフィスバエナという違法賭博をしている組織が、粟楠会の縄張りでも商売をした。が、なかなか正体を現さず、尻尾を掴むことさえできずにいる。
そこで、臨也と名前に協力をあおいだというわけだ。

「お二人なら、何か情報を掴むことができるでしょうからね」

「そうですね……やってみましょう」

臨也を横目で睨み、名前は小さく溜息をついた。夏休み開始早々、また忙しくなりそうだ。

「あともう一つ、依頼があるんですがね」

もう一つ、というのは、自家製のドラッグを売りさばいている売人グループのことを調べてほしいというものだった。こちらも、アンフィスバエナの件と繋がっているらしい。
勿論臨也はすぐに引き受け、四木から前金を受け取った。
シンプルな取引は、すぐに終了した。ほとんど臨也が進めただけで、名前はほぼ聞いているだけだったのだが。
それから数分の後、車は池袋内のとある場所に止まった。

「それにしても、いつもは乗せた場所に降ろしてくれるのに、今日は違うんですね」

ドアレバーに指をかけながら、臨也が四木に尋ねる。

「組長のお嬢を迎えにきたついでなんでね。若い二人で帰るのも、たまにはいいんじゃないですかい?」

「四木さん、そういう気遣いはいりませんって」

臨也を車の外に押し出しながら、名前が面倒くさそうに言う。
外に出れば、女の子が一人、臨也を見上げて立っていた。
後から出てきた名前に目を向け、安心したような表情に変わる。

「名前さん!」

「あ、久しぶり、茜ちゃん」

粟楠茜。
粟楠会組長の孫娘である。

「やあ、初めまして。君が粟楠茜ちゃんだね」

「あ、はい……あの……」

名前と臨也を交互に見る茜に、臨也が笑顔を向けた。

「お兄ちゃんはね、このお姉ちゃんの彼氏なんだ」

「名前さんの……彼氏?」

「ちょっと!余計なこと言わないでよ!ほら、茜ちゃん、四木さんが待ってるよ」

名前は半ば無理矢理茜を車に乗せ、四木に挨拶してドアを閉めた。
走り去っていく車を見送り、ニヤニヤと笑っている臨也を呆れたように見る。

「照れなくてもいいのに」

「別に照れてないから」

そう言った直後、名前は臨也の背後を見て目の色を変えた。

「イーザー兄っ!死ねっ!」

少女の声が響き渡ったと同時に、名前が臨也を押し退け、立ち塞がるように前に出た。
バチン!、と鈍い音がする。
慌てて臨也が振り返れば、黒い空手着を纏った少女の足を、名前が掴んだところだった。

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