黒き影とともに

□蜃気楼
1ページ/4ページ



あらゆる事件があった翌日。
名前が目を覚ましたのは、午前10時を過ぎた頃だった。
まだはっきりとしない頭に見慣れない部屋が投影され、一瞬驚いたものの、すぐに昨日のことを思い出した。
慌てて起き上がり、サイドボードの上の携帯を取る。
セルティから、メールが一通来ていた。新羅の意識が戻ったという内容だった。
一先ず安堵し、今から行くと返信する。
その直後、部屋のドアが開いた。

「あ、起きた?」

臨也が顔を覗かせて、名前の手の中にある携帯を見る。

「新羅のとこに行くの?」

臨也の問いに、名前が頷く。
無言のままベッドから降り、部屋の隅に置かれている段ボールに歩み寄った。

「ねえ名前、訊きたいことがあるんだけど」

服を取り出す名前を眺めながら、臨也がベッドに座った。

「なに?」

背中を向けたまま、名前が尋ね返す。

「名前の中には、まだ罪歌がいるってことだよね?」

「……みたいだね。普段は杏里みたいに声が聞こえるわけじゃないけど、まだ私の中にいるのは確かだよ」

自分のことなのに淡々と喋る名前に、臨也が苦笑する。
名前は今日着る服だけ出し、立ち上がった。

「帰ってきたら仕舞うから、このまま置いててね」

「俺がしとこうか?」

「いい。それより、着替えるから出てって」

「別に見たって大丈夫だろう?彼氏なんだし」

笑顔でそう言った臨也に、名前が軽蔑するような視線を送る。そして、セクハラという一言を臨也に投げた。
わざとらしく首を竦め、臨也は大人しく部屋を出ていった。

後ろ手ドアを閉め、名前がいつも通りだったことに安心して小さく笑った。
仕事場に戻った臨也に、今度は波江が冷たい視線を送る。

「なににやけてるの、気持ち悪いわ」

不満そうに波江を一瞥し、デスクに移動する。

「酷いなあ。俺だって、名前のことが心配だったんだよ」

イスに座って頬杖をつき、右手でマウスを動かしながら再び微笑んだ。

「あれなら大丈夫そうだ」

「そう」

そっけない返事をしたものの、波江も少し表情を和らげた。
とは言っても、数分後に名前が来た頃には、二人とも普段通りに戻っていたのだが。
名前はソファにバッグを置き、一度洗面所に向かった。
戻ってきた名前は、すぐにバッグを持った。

「じゃあ、行ってくる」

「気をつけてね」

臨也の言葉に頷き、名前は出ていった。


,
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ