黒き影とともに

□愛欲恋慕
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『なんだ、諦めたんだ?』

「……うん」

『あんなに意気込んでいたのに、すごい変わり様だね』

「別にいいだろ」

臨也はベッドに仰向けに倒れ、左手の甲を額に当てた。

「名前の体のこと、聞いたんだ、全部」

『……そう』

「それでさ、名前にはやっぱり元の時代が合ってるって確信した」

『成程ね。初の失恋おめでとう』

「うるさい、失恋じゃない」

――未来の自分に負けただけだ……。

名前の話を聞き、今の自分は名前にはまだ相応しくないと臨也は思い知らされた。
だからこそ、潔く諦めたのだ。
臨也が目を閉じると、電話の向こうから新羅の小さな笑い声が響いてきた。

「ちょっと、なに笑ってんの」

『ははっ、ごめんごめん。臨也がやけに普通の人間っぽいから』

「ぽいじゃなくて、俺は普通の人間だ」

臨也は苛立ちを抑えることなく、言葉に乗せてぶつけた。
それに動じることなく、新羅は何度か謝って笑いを抑えた。

『それで、今名前は?』

「ああ、今は俺の誕生日ケーキ作ってくれてる」

『あ、そうか、今日は君の誕生日だったね。おめでとう』

「どうも」

階下から漂ってくるスポンジの焼ける匂いを吸い込み、臨也は口元に微笑を浮かべた。

「また、会えるんだよね……?」

『勿論。でも、今の名前には絶対に手は出さないでね。殺すから』

いつもの調子で淡々と物騒なことを言った新羅に、臨也は慣れた様子で善処するよと応えた。

『まあ、せいぜい他の女の子に目移りしないよう頑張ってよ』

「酷いなあ。俺ってけっこう一途だよ?」

臨也は自分の発言にクスクスと笑い、反動をつけて体を起こした。

「じゃあそろそろ切るよ」

『うん。また学校で』

携帯を閉じて枕元に起き、臨也は立ち上がった。
そして、先程の新羅の言葉で重要なことを思い出す。

「あ、宿題……」

名前のこともあり、ゴールデンウィーク中の課題に全く手をつけていないことに気づく。
しかし、臨也は鞄を一瞥しただけで部屋を出た。

――まあいっか……。


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