黒き影とともに
□訪れたのは
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‐5月3日 夕方‐
「こんにちは、青葉君」
背後から投げ掛けられた声に、青葉は振り返った。
そこには柔らかい笑みを浮かべている名前がいた。
「名前先輩じゃないですか!どうしたんですか?」
「待ってたんだよ、青葉君を」
「え、俺を!?何かあるんですか?」
無邪気に笑う少年に名前は一歩近付いた。
「青葉君、ちょっとお話しようか」
「話?」
意味が解らないといった風に首をかしげる青葉。
「そう、話があるの。貴方なら……もう解ってるんじゃない?」
青葉の指先がピクリと震える。名前はそれを見逃さなかった。
「ね?青葉君」
「……いいですよ」
青葉の声のトーンが落ちた。
「ついてきてください」
青葉は名前に背を向けて歩きだした。
青葉が向かったのは、池袋某所にある廃工場だった。
錆び付いた工場内に足を踏み入れると、そこには数人の少年がいた。
「あ?青葉、誰だその女は?」
「前に言っただろ。俺の先輩で……折原臨也の女だよ」
名前は呆れたように首を横に振った。
「青葉君、私がいつ臨也の女になったって言ったかな?ただの仕事仲間だよ」
いかにも不良といった少年に囲まれながらも、普通に振る舞う名前。
そうですか、と青葉が意味ありげに笑う。
「まあ、それは置いときましょう。話ってなんですか?」
ドラム缶に寄りかかって腕を組みながら青葉が尋ねた。人懐こい笑顔ではなく、嘲るような笑みを浮かべながら。
青葉の変貌ぶりに苦笑して、名前は近くに置かれていた鉄材に腰かけた。
「じゃあ、単刀直入に言わせてもらうね」
名前は、子供に語りかけるように、ゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「埼玉で暴れたのは、貴方達“ブルースクウェア”なんでしょ?」
青葉の周囲にいた少年達が、下卑た笑い声をあげた。
「なんだこの女!」
「バレちまってるぜ青葉!」
名前は冷たい光を宿した瞳で、少年達を睨み付けた。
言い様のない殺気が少年達の脳髄を凍らせた。蛇に睨まれた蛙のように一瞬で押し黙る。
視線だけで人を殺せるというのは、あながち嘘ではないのかもしれない、と青葉は他人事のように思った。
「やだなあ先輩、そんなに睨まないでくださいよ」
「ごめんごめん。ちょっと外野が五月蝿かったから」
青葉は少年達に向かって、出ていけと合図をした。渋々と出ていく少年達を見送り、再び名前に視線を戻す。
「本当に凄いですね、先輩は。なんでも知ってる」
「そりゃあ、情報屋だから。青葉君のことも調べさせてもらったよ」
青葉の余裕の表情が少し崩れた。
「裏では悪いこといっぱいしてるみたいだね。流石の私も、お兄さんに同情しちゃったよ」
わざと青葉の神経を逆撫でるように名前は話す。青葉もそれを感じ取って、早々に名前の言葉を遮った。
「先輩、何が言いたいんですか?」
名前は青葉を暫く見つめた後立ち上がった。
数歩前に出て、青葉との距離を詰める。
「あなた達の目的は何?」
「目的……ですか」
すっかり子供らしさが抜けた青葉は、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「俺は、帝人先輩にブルースクウェアのリーダーになって欲しいんですよ」
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