Stab

□he who touches pitch will be defiled
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私は親の顔を知らない。
私の記憶は、古ぼけた小さな孤児院から始まっていた。何故そこにいたのか、いつからいたのかさえ覚えていない。
歩く度に鳴る木の床、今にも千切れ落ちそうなブランコ、ぼろぼろの二段ベッド、優しくていつも微笑んでいたおばさん。他にも何人も子供がいた。幸せだった。
それなのに、ある日突然、その生活が終わった。
元々貧しかったその施設も経営が苦しくなり、とうとう潰れた。その施設にいた子供達が他の施設に移動する中、私ともう一人の女の子は、施設ではなく金持ちの男に引き取られた。
まるでシンデレラにでもなったかのようだった。綺麗な服、豪華な食事、ドールハウスのようなかわいらしい部屋が与えられ、あらゆる教育を受けることができた。
私達は知らなかった。自分達が着実に、傭兵として育てられていることに。
そのうち、銃の打ち方を教えられるようになった。ナイフの扱い方も覚えた。毒物についての知識も得た。車の運転だけでなく、飛行機やヘリの操縦の仕方まで教えられた。
16歳のとき、初めて人を殺した。呆気なかった。こんなに簡単に人は死ぬのだということに驚いた。
さっきまで息をし、話し、動いていたた人間がただの物になる感覚にも、すぐに慣れてしまった。

私が命を奪ってきた人達にも、家族や恋人、大切な友人がいただろう。そんなこと、この町に来るまで考えたことがなかった。
もう、これ以上命を奪いたくない。
護身用の銃も床下に仕舞った。隠し扉にも鍵を掛けた。日用品を買いに行くとき以外は家を出ない。

フレイキーとはあの日以来会っていない。ナッティーは最初のうちは何度も家の前まで来たが、私が出てこないと分かると大人しくなった。ペチュニアとも連絡をとっていない。シフティとリフティは一度勝手に忍び込んできたが、冷たい態度で追い出すと来なくなった。
フリージアの相手をしたり本を読んだりテレビを見たり、やけに長く感じる1日を家の中で過ごす。

「おもしろくないね……」

フリージアの背中を撫でながらドラマの再放送を見ていたが、飽きてきてチャンネルを変えた。しかし、どのチャンネルもおもしろそうな番組はしていない。
テレビを消してフリージアを抱きかかえ、ソファに横になった。カーテンの隙間から入ってくる光が、部屋に一本の線を作っている。外はいい天気のようだ。
フリッピーは今頃何をしているのだろう。フリッピーともあの日以来会っていない。これが意味するのは、町は平和で危険なことが起こっていないということだ。

「チョコチップクッキー食べたいな」

自然と独り言が多くなっている。呟いたところで、返ってくる言葉はない。
このまま昼寝でもしようかと目を閉じた直後、ジリリリリと玄関から来客を告げる音が聞こえてきた。そっと上体を起こし様子を伺っていると、またベルが鳴った。
フリッピーだろうかとも思ったが、彼なら暫く経つと痺れを切らしてドアを叩くなり直接呼ぶなりするだろう。この来客は、ただ何度もベルを鳴らすだけだ。
どなたですかと問いかけに行く気も起こらず、じっと去るのを待っていると、玄関の方から大きな破壊音が聞こえてきた。微睡んでいたフリージアが一瞬にして飛び起き、私の膝から降りて階段を駆け上がっていく。反射的に手が腰に伸びたが、そこにはもう銃はない。

「すまないが失礼するよ!」

そんな声と共に、廊下に影が伸びる。
その影は、布が風にたなびいているかのように胴辺りが膨らんでゆらゆらと揺れていた。

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