Stab

□one scabbed sheep will mar a whole flock
1ページ/8ページ


フリッピーの主人格に私達のことを知られてから、1週間が経った。あの日から、まだフリッピーとは会っていない。何度か出掛けたけれど、町でも店でもフリッピーを見かけることはなかった。

「もしかして、恋煩い?」

ぼんやりとペチュニアの家の庭園を眺めていると、ペチュニアが興味深そうに尋ねてきた。
冷めかけの紅茶を無意味にスプーンでかき回し、苦笑いを返す。

「あら、違うの?何か悩んでいるように見えるけど」

「まあ、悩んではいるけど……。恋煩い、なのかな……」

気が付けば、いつもフリッピーのことを考えている。でも、これは乙女チックな世界で終わる話じゃない。もっと複雑で、ドロドロとしている。

「私で良ければ、話を聞くけど?こう見えて、口は固いから」

膝の上に座るフリージアを撫でながら、ペチュニアがウィンクをした。
誰かに言えば、少しは楽になるのかもしれない。でも、もし裏のフリッピーのことを、良く思っていなかったら……。

「クルーエル?」

「……本当にいいの?」

「勿論」

琥珀色の水面を見下ろし、頭の中で話を整理する。ペチュニアは、私の準備ができるまで待っていてくれた。

「実は……私、今、付き合ってる人がいて……」

「うん」

「その……相手は、フリッピーなんだ……主人格じゃない方の……」

そこで言葉を止めて、顔を上げた。
ペチュニアは特に驚いた様子もなく、一口紅茶を飲んで、笑みを浮かべた。

「なんとなく分かってた」

「え?」

「貴女が来たばかりの頃にしたガーデンパーティーで、フリッピーとの様子がおかしかったから。その前にもう会ってたんでしょ?もう一人のフリッピーに」

小さく頷く。
ペチュニアはフリージアを足元に降ろし、テーブルに両腕を乗せた。

「それで?」

ペチュニアに、続きを促される。
テーブルの上で両手の指を交差させ、続きを口にした。

「この前、そのことが主人格の方にバレちゃってさ。それ以来、フリッピーの姿は見てないんだ。でも、なんとなく気まずくて、家に行く勇気も出ないし、どうしようかなって……」

「んー、確かに難しい問題ね」

ペチュニアはクッキーを一枚口に運び、右のこめかみ指で叩き始めた。

「でも、クルーエルの好きなフリッピーもフリッピーだし、主人格だってフリッピーじゃない。どっちにしろ、元は一人の人間でしょ?どちらもまとめて好きになるってのはどう?」

「そんな無茶な……」

フリッピーは、夢の中とはいえ、主人格を殺そうとしているのだ。いや、夢なんかじゃなく、もしかしたら意識の中なのかもしれない。普段の態度から見ても、フリッピーは主人格のことを毛嫌いしていると分かる。主人格の方を好きになるということは、裏切りを意味する。

「……私には、できない」

「でもね、クルーエル」

ペチュニアが、私の手を上から包み込んだ。

「貴女が好きなフリッピーは、主人格のフリッピーが作り出したものなの。性格はかなり違うけれど、少なくとも、フリッピー自身にも貴女が見ているフリッピーの要素がある筈よ。だからこそ、この町のみんなは、フリッピーのことを嫌いにならないんじゃないかしら」

「フリッピーの要素?」

尋ね返すと、ペチュニアは深く頷いた。

「いずれにせよ、一度フリッピーと話し合うべきよ。避けてばかりじゃ、前には進めないわ」

力強いペチュニアの声音に、反射的に首を縦に振る。
多重人格と戦闘神経症は違う。戦闘神経症は、窮地に陥った時、身を守る為にその人のストッパーが外れるようなものだと言える。つまり、普段は封じ込められて表には出ていない性格に変わるのだ。
人間には表と裏がある。普段のフリッピーは表のフリッピー、私が見ているフリッピーは、裏のフリッピーということだ。

「だから、貴女がどちらのフリッピーも受け入れてあげて」

ペチュニアが、まっすぐに私の目を見つめる。

「私は、応援してるから」

ありがとう、と言うと、ペチュニアは笑って首を横に振った。

「友達として当たり前のことをしてるだけ。また何かあったら、相談してね」

友達という言葉に、胸が熱くなった。
ペチュニアに言ってよかった、と肩が軽くなる。
いつまでも、待っているだけじゃ駄目だ。
今度は、私がフリッピーに会いに行こう。

,
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ