Stab

□encounter
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視界に、赤が広がる。

神様というものがいるなら、すぐに文句を言ってやりたい。
今までの生活から抜け出したくてこの町に来たのに、いきなり死体に遭遇するなんて冗談じゃない。

数メートル先に転がっているのは、腹部から血を流している水色の髪をした長身の男。
ゆっくりと近づいて見下ろしてみると、濁った水色の瞳に自分の姿が映った。
どうやら、噂は本当だったらしい。

「ああ?まだ生きてる奴いたのかよ」

死体を眺めていると、突然背後から気だるげな声がした。
直後、風を斬る音が耳に届いた。

経験による反射で、私は振り向かずに前方に宙返りをした。
ベルトに挟んでいた小型の拳銃を抜きながら体を捻り、死体の反対側に着地する。
着地した拍子に地面に広がっている血が跳ねて、白いサンダルに付着した。
新品なのに、と心中で悪態をつきながら顔を上げると、ついさっきまで私が立っていた場所には、迷彩柄の軍服を着てサバイバルナイフを持った男が立っていた。

「なに銃とか持ってんの?つーか俺の攻撃避けるとか、お前プロ?」

つまらなそうに、男がナイフを肩に担ぐ。
ベレー帽の下の金色の目が、私を見定めるように細められた。
あ、意外とかっこいい。

「見たことねぇ顔だし、新入り?」

「うん。今日引っ越してきた」

「ふーん……ま、いいか」

攻撃してくるかと思いきや、男はサバイバルナイフを腰のベルトに仕舞った。

「殺さなくていいの?私のこと」

「明らかに俺が負けんだろうが。たまには話し相手も欲しいしな」

その言葉を聞いて、私も銃を仕舞った。
男からはもう殺意が消えているし、油断はできないが取り敢えず警戒を解く。

「俺フリッピー。お前は?」

「……クルーエル」

久しぶりに他人に本名を言った気がする。
フリッピーは、クルーエル、と繰り返し、此方側に跳んできた。
当然のことだが、サンダルに赤い点が増えた。

「ちょっと、気をつけてよ。ほんと最悪」

「はあ?……あ、わりぃ」

私の足を見下ろし、フリッピーはようやく事態に気がついたらしい。
しかも、今度はサンダルだけでなく、右足の膝から下にかけて点在して血がついてしまった。

「そんな怒るなって。こっち来い」

「え……」

返事をする暇もなくフリッピーに腕を強引に引かれ、死体の向こうにある公園に連れて行かれた。
公園内にもいくつか死体が転がっていて、芝生が赤く染まっている。
懐かしい鉄臭さに、やはり神様に怒りを覚えた。

「ほら、靴脱げ」

周囲ばかり見ていたら、いつの間にか水飲み場まで来ていた。
普通の水道も付いていて、フリッピーが既に蛇口を捻っている。
言われるがままに脱ぐと、フリッピーがサンダルを洗い始めた。

「乾いてねぇから、心配しなくても落ちる」

「……ありがと……」

「ん。次、足」

すぐに綺麗になったサンダルを芝生の上に置き、次は私の右足を掴んだ。
バランスを崩しそうになり咄嗟にフリッピーの肩に手を置いたのだが、彼は何も言わずに私の足に水をかけた。
水は冷たいのに、フリッピーが触れている部分だけ異様に熱く感じる。

「おし、これでいいだろ。拭くもん持ってるか?」

「ない。けど、すぐに乾くからいい」

いい天気だし、暫く裸足でいよう。

「ありがと、フリッピー」

立ち上がったフリッピーに再度礼を言うと、彼の口元が妖しく弧を描いた。

「礼なら、言葉より別のもんがいいんだけど」

「別のものって?」

「そうだなー……例えば……キスとか?」

冗談めかして、悪戯っぽくフリッピーが笑う。
彼は本心で言ったわけじゃなかったのだろう。

だが――

「なんてな。冗談だ――」

私は躊躇することなく、フリッピーの後頭部に手を延ばして引き寄せた。
キスなんてかわいらしい呼び名とは程遠く、ぶつかるように互いの唇が重なる。
これにはフリッピーも驚いたようで、顔を離した後も呆然と立ち尽くしていた。

「これでいい?」

「お前……バカじゃねえの?」

「フリッピーが言ったんでしょ」

「……クッ、ハハハハハハハッ!お前おもしれぇ女だな!」

フリッピーが、お腹を抱えて笑う。

「そんなにおもしろいかな?」

「普通は簡単にしねぇだろ、普通」

「二回も言わなくていいよ。ていうか、フリッピーも普通じゃないじゃん」

「まあ確かにそうだな。お互い様か」

死体が周りに散らばっている場所で、こんなに呑気に笑っている人間なんていない。フリッピーが言った通り、私達はお互い普通じゃない。
サンダルを持ち、軽く水滴を払う。

「さてと、そろそろ行かなきゃ」

「もう行くのか?」

「引っ越しの片付けが残ってるから」

「んじゃ、仕方ねぇな」

フリッピーは緑色のベレー帽を被りなおし、私に背を向けた。

「また会ったらよろしくな」

「こちらこそ」

私の家とは逆方向に歩いていくフリッピーの後ろ姿を暫く眺めた後、私も裸足のまま家路についた。

「これが無かったら、もっとロマンチックだったのになあ」

途中ですれ違う死体達に愚痴をこぼす。
明日になればすべて元通りになっていて、みんな日常に戻るのだろう。

引っ越しの挨拶は明日にしよう。

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