黒き影とともに
□日常数日常
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新入生を祝うように桜の花弁が舞う中、名前は私立来良学園の正門を出た。
まだ入学して一日しかたっておらず、今日はクラブ説明会があるが、生憎仕事が入っている。楽しそうに談笑しながら追い越していく周りの人間とは違い、携帯電話を操作しながら歩く名前の表情は真剣そのものだった。
名前と同じように、真新しい制服に身を包み、まだあどけなさの残る1年生のグループがあちこちで見受けられる。
サンシャイン60階通りを歩いていたとき、名前はいきなり肩を軽く叩かれた。
振り向けば、クラスの女子の中では一番背の高い名前よりも、さらに頭一つ分以上大きい、バーテン服姿の男が立っていた。
「よっ!」
池袋最強と呼ばれている男が、サングラスを外して名前を見下ろす。
「久しぶり、静雄。今仕事中?」
喧嘩人形と呼ばれる静雄が、珍しく笑顔を見せる。
「いや、今日はもういいってトムさんに言われた。お前は、その……仕事か?」
「うん、今から」
名前の仕事を知っている数少ない友人の一人である静雄は、名前の仕事にあまり好意的ではない。
それは、彼と犬猿の仲である折原臨也と同じ仕事だからだ。
それを察した名前は、静雄を安心させるように笑った。
「大丈夫だよ。折原臨也とは話したことないし。それにあいつが変なことしたら、真っ先に止めるから」
「そりゃあ、頼もしいな」
静雄は名前の頭を荒々しくと撫でた。
乱れた髪を整えながらも、名前はどこか嬉しそうにはにかんだ。
「じゃあ行くね。待ち合わせしてるから」
「おぅ。頑張れよ」
名前は手を振り、静雄とわかれた。
‐池袋某所‐
名前は、情報屋を始めた頃からの常連と向かい合っていた。
「これが、新しく入った明日機組の情報です」
「いつも悪いねぇ」
机を挟んで向かいに座る男は、名前から茶色い封筒を受けとる。
「いえ。四木さんにはいつも御世話になってますから」
白いスーツを着た四木と呼ばれた男が口を歪ませて笑う。
四木の部下が、紅茶の入ったティーカップを名前の前に置いた。
「いつもすみません、長居してしまって」
「いいってことよ。こっちこそ、いつも世話になってんだ」
普段は冷たいオーラを放っている四木も、名前の前では表情を和らげる。
「ありがとうございます」
「ああ。にしても、もう高校生か。早いねえ。」
コーヒーを一口飲み、四木が懐かしそうに目を細める。
「うちに来てもう2年か」
「まだ2年、ですよ。私なんてまだまだです」
粟楠会は情報屋を始めた頃からの顧客である。また、組長の孫娘である粟楠茜は、一人っ子であることから名前をよく慕っていた。
名前は紅茶を飲みほし、腕時計を見た。針は17時半を刺そうとしている。
「すいません、こんな時間まで。明日も学校なので、もう帰ります」
「そうか。じゃ、送っていくよ」
四木は部下に車を回すよう指示し、名前と共に立ち上がった。
♂♀
池袋内にある名前のマンションの近くに、車は停められた。
「すいません、わざわざ送っていただいて」
「構わんさ。ちょうど俺も用があったんでね。そのついでだよ」
四木は車を止め、後部座席を見た。
「じゃあ、また何かあったら頼むよ」
「はい。では、失礼します」
鞄を持ち、名前がドアに手を延ばす。しかし、名前がドアを開けようとした瞬間、独りでにドアが開いた。
「え?」
まず見えたのは、裾にファーがついた黒いコート。
名前は、行き場のなくなった手を握り締めた。
静雄と殺し合いのような喧嘩をする青年が、名前の脳裏に浮かぶ。つい数時間前にも、話題に上がった男のことが。
「おや?先客ですか、四木さん」
頭上から聞こえた、澄んだ爽やかな声。
名前の予想は的中した。
車内を覗き込んだのは、折原臨也だった。
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