黒き影とともに
□斬り裂き魔
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「「サイカ?」」
臨也と波江の声が、再び重なる。
「そう。罪の歌って書いて、サイカって読むの」
「なにそれ?波江さん知ってる?」
「私が知るわけないでしょう」
波江はそう答えて、ファイルの整理を再開した。だが耳は名前の話に傾けられている。
名前はマウスを動かしながら、二人に罪歌について話した。
「罪歌っていうのはねぇ、昔、新宿に本当にあった妖刀なんだって。しかもかなりイカれた妖刀」
「イカれた?」
臨也は眉間に皺を寄せた。
「そ。イカれてる。罪歌はね、人間を愛してるの」
「はぁ!?」
「だから、人間を愛してるの。しかも個人じゃなくて、全人類を。どっかの誰かさんみたいでしょ?」
「それって俺のことなのかなあ?」
臨也が苦笑するのを見て、名前は笑みを浮かべた。
「恋のライバル登場ね」
「恋って言われてもなぁ……」
臨也はデスクに肘をついて、言い聞かせるように名前に語った。
「俺が人間に対して抱いてるのは、恋心じゃないよ?恋ではなく、愛なんだ。愛しているけど恋とは全くの別物さ。愛にもいろんな種類があるだろう?家族愛に友愛、好きな物に対する愛着やペットへの愛。俺の愛はそれらの愛とはちが――」
「もういいから!」
まだまだ臨也の話は続くと確信した名前は、早々に止めた。
臨也はつまらなそうな表情で名前を見る。
「まだ結論までいってないよ?」
「いや、聞きたくないし。長々と語られても困るし」
「つれないなぁ。で、罪歌が通り魔事件の犯人だって?」
「うん」
名前は文献を見ながら説明した。
「罪歌は人間を愛しすぎて、一つになりたいと思った。そして出た結論が、人間を斬ること。斬っている瞬間は一つになれるからね」
「なんだそれ。斬るだけでいいの?」
「それだけならまだいいんだけどね、罪歌は……子供を産むのよ」
「子供?」
「そう、子供。罪歌に斬られた人間は、罪歌の娘になるんだって。子供としての意識が生まれて、罪歌のいうことならなんでも聞く。つまり……罪歌は増えるの」
――増える……。
臨也の目がギラリと光った。
「ということは、これからも増え続けるのか」
「確実にね」
臨也の唇が弧を描く。
「面白いことになりそうだね……」
「え?」
臨也は大きく腕を広げて、背後にある大きな窓の外を見下ろした。
「これで、池袋の街は三つにわかれるってわけだ!楽しみだなぁ楽しみだなぁ!」
「わかれるって……」
「ダラーズと黄巾賊と、その妖刀軍団にさ!近いうちに抗争が起こるかもしれないよ?名前も、注意してダラーズを見張っておいた方がいい」
名前の脳裏に、友人の姿が浮かんだ。
臨也の言ったことが本当ならば、紀田正臣と竜ヶ峰帝人はどうなる?
臨也は名前の心中を見抜いて、わざとらしく尋ねた。
「もしそうなったら、名前はどうする?」
「え?」
「だって君は、“ダラーズの創始者の一人”であり、“紀田正臣くんの親友”でもある。もし抗争が起こったら、君はどうする?どっちの味方になるの?」
「それは……」
すべての中心に立つ少女は、言葉につまった。
臨也にとって、名前という存在はゲームをする上で最も重要な駒だ。名前がどちらに味方するかによって、ゲームが大きく左右される。
「決められない?」
「……今はね……」
名前はそう答えて、見ていたページを閉じた。
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