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□彼女が俺をいじめます
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オフの日は、よくなまえと学校の近くのカフェに行く。
「おー、よく焼けたねー」
ティーカップを持つ日焼けした俺の手の甲を見て、なまえが感心したように言った。
比較するために並べられたなまえの手は白くて、見るからに柔らかそうだ。
「お前も少しは外で運動しろよ」
「え、やだよ。焼けたくない」
「健康的でいいじゃん」
「これからの日焼けは年いってからシミとなって現れるんだよ!」
冗談半分で言ったのに、本気で返された。
でも、練習や試合のとき、日傘をさして静かに見ているなまえの姿は結構好きだ。なんというか、お忍びで来ている奥さんって感じがする。後ろから見守られているようで安心するのだ。
まあ、奥さんというのは今のところ自分の勝手な妄想なわけだが。
そんな勝利の女神に降臨してもらうため、今月も練習と試合のスケジュールを彼女に細かく伝える。
テーブルの上で開いた手帳に日時や場所を書き込みながら、なまえがふと口を開いた。
「そう言えばさ」
「ん?」
「1年にかわいい子入ったよね。下の名前なに?」
「……どいつ?」
「あー、ほら、小湊先輩の弟」
「ああ、春市だよ。小湊春市」
「春市かー。名前までかわいいな」
「そんなにいいか?」
「うん。超かわいい。むぎゅむぎゅもぎゅもぎゅすりすりしたい」
「は?」
手元からなまえに視線を移した。
さっきの連なった効果音は何だ。そんなこと、俺さえしてもらっていない。
「褒められたらすぐ顔真っ赤になっちゃうとことか、ほんともう抱きしめたい」
「……え、なに、お前俺見てないの?」
「一応御幸のことも見てる」
「一応かよ」
「春市くんマジ天使」
全国の彼女をお持ちの男子諸君にアンケートをとりたい。この状況、あまりにも俺がかわいそうじゃないですか。
いや、恋愛対象として見ているわけじゃないということは分かっている。だが、つらい練習も彼女が見てくれているのだからかっこいいところを見せなくてはと頑張ってきたのに、その彼女が見ていたのは別の男だと知って平静でいられようか、いや、いられるわけがない。
古文の訳みたいになったが、これが言いたかったのだ。
しかも、お分かりいただけただろうか。彼氏である俺のことを苗字で呼ぶくせに、他の男は名前で呼んだ。
「俺超かわいそう。泣ける」
「おう、泣いてみてよ。御幸が泣いてるとこ見てみたい」
意地の悪い笑みを浮かべるなまえに、溜息をつく。
俺はよく性格が悪いと言われるが、なまえは確実に俺より性格が悪いと思う。本当に。
カチン、と0.3ミリのボールペンの先が引っ込む軽い音が響いた。ほとんど空白だったなまえの手帳のページは、形のいい字でかなり埋まっている。
「全部見にこなくてもいいんだぞ?勉強もあるだろ?」
「大丈夫大丈夫」
ねーらーいーうーちー、と陽気に歌いながら、なまえが手帳をスクールバッグに仕舞う。そして、何かを思い出したのか、勢いよく頭を上げた。
「そうそう!聞いて!」
当たりだ。
「お父さんにデジカメもらったんだよ!次の試合は絶対春市くんの赤面ガッツポーズ写真におさめる!」
「はーい、撮影禁止ー」
少し強めに人差し指でなまえの額をつつくと、不満気な目で睨まれた。
「そこはお前、一也のかっこいいとこいっぱい撮るからね!とか言えよ」
「なにそれ私の真似かきもいぞ」
「盗撮しようとしてるお前の方がきもいわ」
「盗撮じゃねーし!記念撮影だし!」
「なんのだよ!」
つまらなそうに文句を言いながら、なまえは飲みかけのミルクティーに口をつけた。
「俺ってなまえの彼氏だよなあ?」
頬杖をついて小さく呟くと、なまえが不思議そうに瞬きをした。
「そうだけど?」
「なら、もうちょい俺に優しくしてくれよ」
「え、私優しいじゃん」
ああ、そうですか。
いじけてなまえが使っているストローの包装紙を弄んでいると、グラスの水滴を繋げながらなまえが静かに言った。
「私、好きでもない人と付き合うほど器用じゃないけどねー」
驚いて顔を上げると、なまえの口が弧を描いた。
本当に、なまえは他人の心を揺さぶるのが上手い。
「御幸はさ、今は部活のことだけ考えてればいいんだよ。私のことは気にしなくていいからさ」
「……なまえはそれでいいのかよ?」
「うん、今は」
ストローを指の間で回しながら、なまえはまた不敵な笑みを浮かべた。
「御幸がプロになってがっぽがっぽ稼ぐようになってから、今までの分もいろいろと請求するからね。取り敢えずヨーロッパ旅行行きたい。あと高級マンションで暮らしたい」
「そういうことか……」
最初はなまえらしいと笑っていたが、途中でその裏側の意味に気付いた。
「なあ、今のってプロポーズ?」
メニューのケーキの写真を眺めていたなまえが、不思議そうに瞬きを繰り返す。
そして真顔で返された。
「だって御幸絶対将来金持ちになるじゃん。別に結婚してなくても愛人でもなんでもいいから養って」
「そこはうんって言ってくれよ!」
真顔で言わたら余計にリアルだ。
怖い女だとは思うものの、なまえのこういうところも嫌いになれないのは惚れた欲目というやつだろうか。
そんななまえは、夕食の時間までもうそんなにないというのにパフェの写真に目を輝かせている。
「食いたいなら頼んでいいぞ。奢る」
「ほんと!?いいの!?」
「ああ」
早速カウンターにいた店員に嬉しそうに注文をするなまえを見ていると、自然と頬が緩んだ。
「なにニヤけてんの御幸、きもいよ」
「るせー、ほっとけ」
こうは言いながらも、外に出ると必ず手を繋ごうとすることを俺は知っている。
俺の彼女は、恐らく俗に言うツンデレというやつなのだ。
2014.09.02