歪んだ愛に溺れて

□鍵の無い檻
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「あれ、何かあったの?」

帰ってきた臨也は少々機嫌が悪く、私の質問には答えずに波江さんに帰っていいと言った。
私の予想では、おそらく静雄に会ったのだろう。
キッチンへ行って麦茶を飲み、乱暴にコップを置く音がした。
あまり触れない方がいいと判断してテレビに視線を戻すと、バサリ、と横に臨也のコートが落ちてきた。

「俺さ、何か間違ってる?」

「は?」

臨也の声には明らかに苛立ちが滲み出ていて、私の予想が当たっていたことを物語っている。
臨也はデスクに向かうと、黒革のイスを反転させて窓の外に目を向けた。

「間違ってないよね?鍵もかけてないし、不自由なことはさせてない。全部、名前の為なんだ。何か間違ってることある?」

「……間違ってるかどうかは別として、私は普通に生活したいんだけど」

「……普通……?」

ギギッと軋む音をたてて、臨也が振り向いた。

「普通って何?今は普通じゃないって言うの?」

「今の生活が普通って言うなら、臨也の感性はかなりずれてるね」

皮肉を籠めて言い返すと、臨也は視線を落として溜息をついた。
ゆっくりとした動きで立ち上がった臨也が此方に向かってきて、隣に腰を下ろす。そのまま体を倒して、私の足に頭を乗せた。

「だって、しょうがないじゃん……」

誰かに許しを請っているかのように、私のお腹に額を当てる。

「こうでもしないと、不安なんだ……」

「……まあ私にも責任はあるし、臨也を責めたりはしないよ」

柔らかい髪に指を通すと、臨也は自嘲気味に笑った。

「ほんと、名前はなんでいつもそうなの?出ていけるのに出ていこうとしないし、外に行きたいって言ってても家に居てくれて……」

「私なりの償いだよ。今まで我儘言ってきた分、臨也の言う通りにする」

だから、そんなに悲しそうな顔しないでよ。

臨也は驚いたように口を小さく開けたが、結局何も言わず私のお腹を撫でた。
自分で言った通り、すべての元凶は私にある。臨也を不安でいっぱいにさせたのも、今までの私の行いのせいだ。

「正直外には行きたいんだけどね。臨也が止めるなら私は行かない」

ようやく苛立ちが消えたのか、臨也は薄く微笑んだ。
布を一枚挟んだところから、臨也の体温が伝わってくる。

「名前」

「ん?」

「俺、名前がいれば他には何もいらない。名前と一緒にいるためなら、何だってするから」

「……臨也……」

「だから、どこにも行かないで」

臨也の髪を撫でていた手に臨也の手が重なる。どちらも左手で、指輪が当たる感触がした。

「このままこの子が生まれなければ、名前はずっとここにいてくれのに」

「……それは流石に無理だよ。ずっとこのままは、私が苦しい」

とは言ったけど、本当は私もそう思っている部分がある。
このまま真実を知ることがなくなるのなら、何も壊すことなく臨也と一緒にいられるのだ。

「ていうか、私ってそんなに信用ない?」

「そういうわけじゃないけど……」

言葉を濁した臨也が、気まずそうに私から視線を逸らした。
こういう子供っぽいところも、私は好きだ。

「臨也、私臨也といるって決めたんだよ。信じて」

「……解ったよ」

あ、今キスしたい、と突然だが思い立った。だが、お腹が邪魔をして以前のように身を屈ませることはできない。
しかし私の気持ちが通じたのか、臨也はクスクスと笑い、上体を起こした。

「双子って便利だよねえ」

若干意味が違うような気がするが、反論するより前に口は塞がれた。


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