歪んだ愛に溺れて

□鍵の無い檻
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音よりも衝撃よりも先に、長年培ってきた勘が俺を横に転がした。
受身をとって立ち上がってみると、今まさに俺が立っていた場所には赤い自販機が転がっている。

「いィィィざァァァやァァァッ!」

いつもより怒ってるな、なんて考えながら、ズカズカと近寄ってくるシズちゃんを正面から見据える。

「何の用かなあ?シズちゃん。俺さ、今すっごく機嫌がいいんだ。今日のところは大人しく帰ってあげるから、見逃してよ」

「誰が見逃すかよッ!」

吐き捨てるように言ったシズちゃんが、1メートルほど離れて立ち止まった。
どうやらもう攻撃する気はないようで、新たな武器を取ろうとはしない。

「手前、名前に何しやがった!」

「は?俺が名前に何かすると思ってんの?頭打った?」

「るせぇッ!名前と連絡がとれねぇんだよ!」

「……へえ」

この単細胞は、まだ名前と連絡をとろうとしていたのか。名前の携帯は解約してしまったから、繋がる筈もないのに。

「姿も見かけねえし、新羅やセルティとも会ってねぇ。手前、何企んでやがる?」

「別に何も企んでないよ。それに、シズちゃんが心配しなくても名前は元気にしてるよ。別れたくせにまだ付きまとってきて、正直迷惑だって言ってたなあ」

「名前がそんな事言うわけねえだろうが!」

その自信はどこから来るのだろう。本当に鬱陶しい。
コートのポケットに手を入れ、いつでもナイフを投げれるように準備をする。

「シズちゃん、いい加減に諦めたら?名前が好きなのは俺だ。それに、俺だって名前を手離すつもりはない」

鍵をかけなくても、名前はちゃんと待っていてくれる。それが何よりの証拠だ。今まで自由にさせていたんだから、これくらい許されるだろう。
名前には俺がいればいいんだし、俺だって、名前がいればそれでいい。

「シズちゃんは全部知ってた上で付き合ってたんだろ?それなら、諦めだってつくんじゃないの?」

「悪いが、諦めるつもりは無ェ。つーか、名前の中で俺の存在がデカくなってきてるって、手前にだって解んだろ。だから俺に会わせようとしない。違うか?」

「……それはどうだろうねえ」

シズちゃんにしては上出来の推理だ。単細胞は単細胞なりに頭を働かせたらしい。
シズちゃんは、これまでの喧嘩では見せなかったような、得意気な笑みを浮かべた。俺よりも有利な状況にあると思っているのか、やけに冷静だ。
少しずつ後ろに退がりながら周りを確認し、逃走経路探す。

「シズちゃんがどう考えようが、無駄としか言いようがないよ」

「そんなこと知らねえよ。考えんのが無駄なら……」



「力ずくで奪ったらいいだけだ」



シズちゃんのその言葉を最後に、俺は身を翻して駆けだした。
人の間をすり抜け、どこかでタクシーを拾おうと道路にも目を配る。
何度か振り返ったが、シズちゃんは追いかけてこなかった。


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