黒き影とともに

□愛欲恋慕
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「名前さん、名前さん」

肩を揺さぶられて、ふわふわと漂っていたような意識が徐々に覚醒していく。
重い瞼を上げると、私の顔を覗きこんでいる杏里の姿があった。

「あれ……杏里?」

「はい。あの、もうすぐ昼休みが終わるので……」

「……ッ!?」

立ち上がった拍子に、椅子がガタリと音をたてた。
そこは見慣れた図書室で、臨也の家ではなかった。

――夢……か……。

何もかも鮮明に覚えていて、夢にしてはリアルだった。
制服も携帯も寝た時のままで、時間も20分程しか進んでいない。

「どうかされましたか?」

「え?……あ、いや、なんでもないよ」

不思議そうに首をかしげる杏里に、慌てて答える。
その直後、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。

「帰ろっか。次は英語だよね」

「はい」

図書室を出る前に貸出カウンターの奥を見ると、ちゃんと今年のカレンダーが掛かっていた。
いい夢だったなあと窓の外を見て、杏里を追いかけた。


♂♀



「ただいまー」

「おかえり名前!」

気の抜けたただいまの後には、やたらとハイテンションな臨也のおかえり。

玄関を抜け、格子の向こうが見えた途端、手から鞄が落ちた。正確に言うと、手から力が抜けて落としてしまった。

「……」

「ちょっと、反応それだけ?逆に悲しいんだけど」

悲しさが微塵も感じられない臨也は、初夏だというのに真っ黒な学ランを身に纏っていた。
さっき夢で見た姿とまったく同じで、夢なのか現実なのか脳が混乱する。

「どう?まだまだイケるもんでしょ?」

クルリと、臨也がデスクの前で一回転する。

「それ、どうしたの?」

「夏用のコートを出してたら偶然見つけてさ。試しに着てみたんだ」

「ああ、そう」

ちゃんとした理由を理解し、鞄を拾ってデスクに移動した。
鞄をデスクに立て掛けると、見計らっていたように臨也が抱きついてきた。

「ねえ、制服デートしようよ」

「制服デートって言っても、臨也の場合コスプレでしょ」

故に耳元で囁かれても、いまいちときめかない。

「折角着たんだからいいじゃない。今だけでも、名前と同年代の気分を味わってる俺にいい思いさせてよ」

「……解ったよ」

やったと言って離れた臨也は、何かを思い出したように二階へと走って行った。
忙しいなあと心の中で苦笑する。
臨也は二階の本棚の前にあるローテーブルに置かれていた物を取り、また小走りで戻ってきた。

「はい、これあげる」

臨也が手渡してきたのは――夢の中で臨也が買ってくれたウサギのぬいぐるみだった。

「……これ……」

「制服と一緒に出てきたんだ。昔買った物だと思うんだけど、なんで買ったかは覚えてないんだよねえ。ラベルを見たら、名前が持ってるのと同じ店のだったから。あ、他の女に買った物じゃないから安心して。よし、行くよ」

よっぽど制服デートがしたいらしく、臨也はこれだけのことを早口でまくしたてた。
私はと言うと、受け取ったぬいぐるみを見下ろしながら固まっている。

――あれは夢じゃなかったのかな……。

臨也が自分でこんな物を買うとは思えない。かと言って、本人も言った通り女の子にプレゼントをするようなタイプでもない。

――じゃあ……やっぱり……。

「名前、なにニヤけてんの。早く行くよ」

さっと手の中からぬいぐるみが消え、私のイスの上に着地した。

「はいはい」

少し伸びた背と、大人びた表情。
高校生の臨也も良かったけど、やっぱり私にはこっちの臨也が合っている気がした。


♂♀



「そっか、帰っちゃったのか」

紅茶を淹れながら、新羅が残念そうに呟く。

「うん。ケーキ食べすぎたら胃もたれした」

ぐたりとテーブルに伏せた臨也の耳に、玄関の扉が開く音がした。

「おや、こっちは帰ってきたみたいだ」

小さな足音がだんだんと大きくなり、名前がリビングに入ってきた。

「ただいま」

「おかえり、名前」

臨也に気づいた名前が、以前と同じように頭を下げた。

「こんにちは」

「こんにちは、名前ちゃん」

臨也が立ち上がって名前に近づき、名前の前でしゃがみ視線を合わせる。
無意識に臨也の手が延びて、名前の頭に置かれた。
状況が解らず首をかしげる名前に、臨也がクスリと笑う。







「早く大きくなってね、名前」













end










――――――――――――

ふう、やっとendですww

ずっと書きたかったものなので、今私は達成感に満ち溢れております!

オチを言うと、名前がタイムスリップしていた記憶は、みんなから消えています。
分かりにくくてごめんなさい!q(>_<、)q


ということで、そろそろ本編に戻ります!
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