黒き影とともに
□愛欲恋慕
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「まだ痛いんだけど……」
食卓に顔を伏せ、先程私が殴った鳩尾を押さえて臨也が呻く。
「痛い……地味に痛い……」
「自業自得でしょ」
「一回やってみたかったんだよ……」
どこの少女漫画を読んだのか知らないが、今時あんなことをする奴は流石にいないだろう。
まだ口内に残っている甘ったるい味を消したくて、スライスした苺を一つつまんだ。
「大人しく待っていればいいのに」
「だって、名前見てると触りたくなるんだもん」
「触るっていうレベルじゃないけどね」
痛いといいながら、こっちを向いている臨也の顔は笑っている。まるで悪戯に成功した子供のようだ。
しかし、不思議とそんなところがかわいく思えてきて、こっちまで笑えてきた。
「どうかした?」
「ん、なんでもない」
いつでも子供のような好奇心を持っていて、自分の欲求には素直に従うところが、臨也のいいところなのかもしれない。
周りから言わせれば迷惑なこともあるが、その部分を除けば臨也は臨也じゃない。
「なにニヤニヤしてるの?」
ゴムベラでクリームを伸ばしていると、復活したらしい臨也が首をかしげて尋ねてきた。
「だから、なんでもないんだってば」
「何もないのにニヤニヤするとか変態だよ、名前」
「臨也にだけは言われたくないよ」
常日頃からニヤニヤしてるくせに、と心の中で付け加える。
そして、時計を見て慌てて止めていた手を動かした。
作り出してから三時間ほど経っていて、既に昼過ぎだ。
「ごめん臨也、昼御飯作らなきゃ」
「いいよ、今日は」
一旦中断しようとすると、臨也の声がそれを遮った。
「ケーキできたら、それ食べるから」
「うわー、偏食だ。そんなんだから背伸びないんだよ」
「名前より高ければいいんだよ」
口を尖らした臨也に説得力はない。
思わず笑うと、笑うなと睨まれた。
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