dream4

□七、
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「あら、また降ってきた……」


月の流れは早いもので、窓を覗けば紫陽花が色付く梅雨入りの季節が始まっていた。
じめりと蒸すような湿気が肌に心地悪く、ここのところ毎日の曇り空は気分迄をも憂鬱にさせる。


「食物が黴びないように気を付けなければいけないわ。
水場の板が弱ってきたこともマユリ様がお帰りになったらお伝えしよう」


ぱたぱたと邸中を走り回り、綺麗に手入れされた庭に干された洗濯物を取り込んだりやることは沢山ある。
未だ湿り気を帯びた洗濯物を部屋干ししようと廊下を早足で通り過ぎた時だった。

玄関の片隅に置かれているマユリ様の傘が目に止まり、私自身も一瞬その場で脚を止めてしまう。


「あっ、マユリ様傘を忘れていらっしゃる……
どうしようかな」


朝、邸を出掛ける際は曇り空ではあったが降ってはいなかった雨。
今日は降らないだろうと予想し傘をお持ちにならなかったようで……。
小雨から本降りに差し掛かり、まだ昼過ぎだがこの様子だと今夜まで続きそうにも伺える。


「濡れてしまうのはお可哀想。お迎えがてらに研究所まで行ってみようかな……」


そうと決まれば早めにお夕飯を拵えて身支度を済ませ、私は初めて一人きり、この辺りの土地勘もない研究所までの道程を徒歩で向かうことにしたのだ。





「……最近日が落ちるのが大分長くなった気がする」


そんなことを一人呟きながら玄関の鍵を掛ける。
マユリ様の傘を腕に掛け自分の傘を広げたところで、たまたま目の前を通り過ぎた見慣れた顔に気付き慌てて呼び止めたのだった。


「石田先生、石田雨竜先生!」


「ん?ああ、こんな時間からお出掛けですか」


「ええ、主人へ傘を届けに研究所まで。
その節は大変お世話になりました」


深くお辞儀をすると、柔らかく微笑む先生は私の顔を上げさせてくれる。
この石田先生というお方は、以前マユリ様が火傷の負傷を負った際に面倒を見て下さったとても良いお医者様なのだ。


「研究所ですか、此処からだと少し距離があるんじゃないかな……」


「ええ、嫁いだばかりでこの辺りの土地勘が無いものですから調べつつ向かおうかと思いまして。
一早く慣れておかないといけませんし」


「それでは僕もご一緒しましょう、貴女一人では心配だ」



眼鏡を中指で上げ一緒に歩くよう促す先生に驚いた私は、首と掌を強く振る。


「いいえ、そんな悪いです…… 地図も持っているのでどうかお気になさらず」


「僕もその方面の本屋へ用事があるので大丈夫ですよ、さぁ行きましょう」


「あ……」


一歩先を歩く先生の後を追うように、済まない気持ちを抱え私も隣を歩き出した。
雨は強まる一方で、傘に弾ける粒の音が聴覚を掠めるよう激しく響いていた……




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