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□同級生
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レモンキャンディ





「広川、アメ持ってねぇ?」


次の授業が始まる10分前。
前の席に座る広川の肩を小突くと振り返った広川は呆れ顔をしていた。


「飯塚、それ毎日言ってるよな?」
「おう。この時間が一番腹へらねぇか?」
「まぁ確かに昼前だもんな。ほら、どうぞ」


広川はポケットから取り出したアメを俺に渡す。
しかたないと言うようにちょっとだけ眉を下げる、広川のこの顔が好きだ。


「ありがとな」


広川からアメを受け取ると包みを開けて口に放る。
やっぱりオレンジ味か。柑橘系が多いな。
俺達が初めて話したのも広川にもらったアメがきっかけだった。
俺が広川を好きになったきっかけも。


「そんなに腹へってるなら自分で持ってこいよ」
「人からもらったアメのがうめぇだろ」
「あはは。まぁな」


広川は声を上げて笑うと前へ向き直った。
他の誰かじゃない。広川からもらったアメが一番うまく感じる。
言わねぇけど。




「広川。ちょっと待てよ」
「何?飯塚?」


ホームルームが終わって早々にカバンを引っ掴み教室を出ようとした広川に声をかける。
振り向いた広川はきょとんとしていた。


「今日バイト休みか?」
「うん。そうだけど」


ほんとは知ってる。
バイトのない日、広川はいつもしてる腕時計をしないから。


「今日家に来ねぇ?」
「ごめん。今日は――あっ、翼!」


ああ、今日はアイツと約束してたのか。
最後まで聞かなくても後ろに視線を向けた広川の明るくなった顔で分かった。


「仁、帰るぞ」


廊下からこっちに歩いてきた広川の恋人――古水は広川の頭をポンと撫でる。
見せつけんじゃねぇよ。
俺が触れない広川の体に平然と触れる掌、当たり前に名前を呼ぶ声はじりじりと胸を焼かせた。


「仲良いなお前ら」
「うらやましいだろ?」


それを笑い飛ばせば古水は目を細めて広川の頭を胸に抱き寄せる。


「ああそうだな。けどそんな見せつけなくても、だれも盗らねぇぞ?」


今はな。


「そうか?」


口には出さなくてもそれが読めたのか古水は俺を睨みながら笑った。


「翼、やめろよ」


広川は顔を赤くして古水の胸を押す。
古水を見上げるその顔は、嫌だと否定しながらも嬉しそうだった。


「そんな睨むなよ。仲が良いんだからしかたないだろ」
「……どこだと思ってんだよ、ここ教室だぞ」
「じゃあ俺んちだったらいいのか?」
「何言ってんだ!」


古水にからかわれて広川の顔は更に赤くなる。
すげぇ可愛い。そんな顔、俺だけに見せて欲しい。


「俺、帰るな」


急に、焦げ付いた胸の中が空になる。
そこが沁みるような気がして息をするのさえ苦痛だった。



「じゃあな、飯塚」
「飯塚、またな!」


背中に広川と古水の声が届く。
振り返らないまま教室を出たから、二人がどんな顔をしていたかは分からない。

そんなもん見たくねぇし、見れねぇ。

先に仲良くなったのは俺、好きになったのもたぶん俺が先だ。
好きだと伝えるチャンスはいくらでもあった。
だけど、苦手だからと後回しにしているうちに広川は古水の隣にいた。



「広川、アメ持ってねぇ?」


昼前の休み時間。昨日と同じように広川に訊く。
また?と苦笑いする広川はそれでもいつものようにポケットから取り出したアメを俺にくれる。


「あ、最後の一個になっちまった。飯塚、たまには他の奴からもらえよ」


冗談っぽく笑う広川に合わせて笑った。
とても笑う気分にはなれない。


「いや、それじゃ意味がねぇんだよ」


たとえ一個のアメだろうと、他のだれかじゃダメなんだ。


「え?」
「何でもねぇ。ありがとな」


もらったアメを口に放るとレモンの味が口に広がった。
痛いくらい酸味がきつくて眉をしかめる。

奪える隙がなくても無理だと分かってても、お前を諦めたくない。
だけどそんなこと、好きな奴の隣で幸せそうに笑う広川に、今は言えなかった。


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