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□先輩と後輩
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一つ残らず君のもの




放課後の廊下は、大勢の生徒で溢れていた。

壁に寄りかかって小さな紙袋を抱えていると、赤いネクタイをした3年の俺とは違う青いネクタイの1年生がチラチラと視線を投げてくる。

慣れたそれを気にせずに、俺は一際長身で立ち姿の綺麗な生徒を見つけると人垣をかき分けて進んだ。



「功、ちょっといいか?」
「……ああ。喜一先輩ですか」


背中を見上げて声を掛けると足を止めた功が振り返る。
何でだ…?
俺と一度目を合わせると功は興味が失せたように視線を逸らした。
いつもと違う功の態度に、紙袋を抱えた力が強くなる。


「今日部活無いし、バイト行くんだよな?」
「……そうですが。何か用ですか?」


功は顔を逸らして腕組みすると、つまらなそうに目の端で俺を見つめた。
付き合ってまだ2ヶ月だけど功のそれが怒っている時にする仕草だと知っている。
眼鏡越しの視線の鋭さに戸惑いながら、俺は抱えていた小さな紙袋を差し出した。


「ああ、これ、バイトの前に食ってほしくてさ。終わるの遅いし腹減るだろ?」
「……それ、マフィンですか?」
「え?……ああ、そうだ」
「やっぱりそうなんですね」


どうして分かったんだろう?
疑問に思いながら頷くと、功は眉根を寄せて俺から視線を逸らした。
そのまま、ポケットに手を入れて歩き出す。


「待て、功!」


何が気に障ったのか分からない。
だけど、自分が功を怒らせたことは分かった。
遠くなる背中で我に返って、追いかける。



「ごめん…」


踊り場で立ち止まった功の背中へ声を掛ける。
人気の無いしんとした場所が余計不安を駆り立てて。
手を伸ばせば触れてしまえる距離だったけれど、それを縮められなかった。


「マフィン嫌いだったか?明日は別の作ってくる、ごめんな」


ちゃんと訊いておけばよかった。
黙ったままの功に不安が募って、紙袋を抱えたまま俯いた。



「そういうことじゃありません」
「……え?」



振り返った功の眼差しがきつさを増す。
怒りを孕んだ声に体が強張って、聞き返すだけで精一杯だった。


「他の奴に食わせた余りもんなんか、要らねぇって言ってるんですよ」
「……他って、来内のことか?」
「はい」


功に言われて、昼休みに来内と交わした会話が頭を過る。
普段料理をしない俺は、初めて作ったマフィンの出来が不安で、同じバスケ部の来内に味見してもらっていた。
すごくうまいって誉めてくれたから嬉しかったけど……でもどうしてそれが、功を怒らせる原因になったんだろうか?


「見てたのか?けどあれは、味見で食ってもらっただけだぞ?」
「そんなこと分かってます。……まったく、なんで気付かないんですか?」


小さく溜め息を吐いた功が、紙袋を抱えたままの俺を覆うように抱きしめる。


「功?」
「ほんと、喜一先輩は鈍すぎます。先輩は誰の恋人ですか?言って下さい」
「…功」
「分かってるなら、もう他の奴に一欠片も食わせないで下さい」
「うん……ああ、分かった」


心地良い鼓動を感じながら熱くなる顔を功の胸へ埋める。
耳を寄せれば、功の鼓動がずっと近くに届いた。


「先輩も、先輩の作ったものも全部俺のです。他の奴には渡しませんから」


やきもち焼きで独占欲の強い恋人は、それを俺に教えるように、しばらく離してくれなかった。


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