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□夏
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花火大会




やんだと思った瞬間に響く轟音。
少し前から、その音は不規則な間隔で鳴り続けていた。

季節は夏。
日が沈んだというのに堪え兼ねる蒸し暑さ。
苛立ちを増長させる耳障りな音に、俺は眉を顰めた。


この騒音の原因、それは夏休み最後の今日、俺の住むマンションの近所で花火大会が行われているからだ。




「うるさい」


まったく、夏だからといって迷惑な話だ。
わざわざ騒音を撒き散らして何が楽しいんだ?
誰もが皆、花火を喜ぶとでも思っているのか?




「理緒、そんなところで寝てないでこっちへ来い」


頭を支え横になったまま顔だけ後ろへ向ければ、大輔がベランダから俺に手招きをしていた。

外に撥ねたオレンジの髪が、花火の光で時折、色を変える。

常に無表情で不機嫌に見えるその顔は、何も変化が無い。




「遠慮しておく」


若干重い眼を開けないまま応えると、再び背を向けた。

目の前に据えた扇風機の風が肌に当たる。
生温いが、無いよりましだろう。


「理緒。来いと言っているだろう」


…大輔は伺う、という言葉を知らないようだ。


「今行ってやるから、その口を閉じていろ」


従うのは癪だが、これ以上イライラしたくなかったので俺は腰を上げてやった。



ベランダへ向かうと、額に滲んだ汗を腕で拭う。
最悪だ。八階だというのに風も吹いていない。
溜め息を吐きながらサンダルを履いて、大輔の隣へ行く。



「綺麗だな」
「普通だろ」


酷くなった轟音に眉根の皺が寄る。
間近で大きく散った火玉が、黒の中で淡い光を放っていた。
空を仰いで呟く大輔に、俺は微塵も同意できない。

美しいなど欠片も思わないからだ。



「普通か、俺は理緒と一緒に見れて嬉しいんだがな」


少し眠たげな瞳を持ち上げないまま、平然と言う。
表情の変化が少ない大輔は、他人から見れば何の気持ちも籠もってないように見えるだろう。
奴の表情の微かな違いが分かる人間は、俺以外いるのだろうか?



「そうか。じゃあ一人で楽しんでくれ」


頬を伝う汗に堪えられず、俺は握っていた柵の手すりから手を離そうとした。
だが、大輔が俺の肩に手を回してきたせいでそれは敵わなかった。


「何をしている?」
「二人で見ないと楽しめない。お前も、そう思わないか?」


肩を引き寄せ、俺の目を覗くように見てくる。
顔に熱を感じたが花火で色など分からないだろう。


「面倒な奴だな。お前に付き合ってやれるのは俺ぐらいだぞ」
「ああ。お前しかいないな」


仕方なく肩を抱かせてやれば、大輔は瞳を細めて小さく笑う。

仰いだ夜空に、火玉が花を描いていた。
耳に入る音はうるさく、この場所は蒸し暑い。

大輔の横顔に目をやる。
だが、離れようとは思わなかった。


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