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□夏
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肝だめし




怖くない怖くない。
何も起こらないから大丈夫だ。
心の中で呟きながら歩いても体が強張る。

夜だというのに気温が下がらないこの時期に、そのせいじゃない汗が滴り落ちる。
休むことなく周囲を見回す俺は、警戒心全開に見えるだろう。

ありふれた文明の匂いも、ここではまったく感じられない。
日没をとうに過ぎた時間、俺は薄暗い森の中を歩いていた。
普段ならそんな危険を犯さないのだが、今日は特別だ。


俺は今、肝だめしに参加させられている。




「はは。先生達バレバレ」


先の方でニヤニヤしながらスタンバってる先生達を発見し、指差して笑う俺。

笑えねーよ!何する気なんだよ!内心泣きそうなんだが平静を装う俺。

時々聞こえるフクロウの声さえ、今の俺にとっては恐怖でしかない。
一人だったら逃げ出しているが、あいにく、俺は今一人じゃない。

隣を歩く男へちらりと目を向ける。
こいつさえ居なければ!


「ゆうちゃん、もしかして怖いのー?」
「はぁ?んな訳ねーし」



ヘラヘラ笑いながら訊いてきた蓮に鼻で笑って返すと、蓮は高い背を曲げて俺と目線を合わせた。


「嘘吐かなくていーよ。ビビってるんでしょ?」


連は無駄に整った顔でニーッコリと笑う。
こいつ、俺を挑発してやがる。


「はぁ?全然ビビッてねーし!」


の反対、という言葉は呑み込み、視線は遠くの先生達へ向ける。
俺が強い男だと証明するため、蓮を置いてスタスタと先を歩き出した。


「ほーら見ろ。一人でも全然怖くねー。ほんと全然怖くねー」


すぐさま歩幅を小さくする俺。
……早く来いよな。
5歩ほど進んだものの、懐中電灯は蓮が持っていた。
進めない暗さではないが、少しでも明かりがあるほうが心強い。
つーか、この暗さの中でいきなり幽霊的なモノが出てきたら確実にショック死するだろ?
さっきから心臓バクバクいってるし。


「強がっちゃってー。ゆうちゃんってば可愛いー」
「は?強がるとか意味分かんねーし。早く行くぞ」


おかしそうに笑う蓮が隣へ並ぶと、また足を踏み出した。
フン、笑いたきゃ笑え。
蓮に馬鹿にされるのは悔しいが、一個しかない心臓を失うことに比べたらまだマシだ。




ククク……俺の実力を見たか!
ゴールまであと半分だ!
大声を出して先生達を逆にビビらせるという戦法で、みごと危険ゾーンを通過した俺は気持ちに余裕が生まれていた。
隣に蓮がいることを、完全に忘れて。


「ゆうちゃんゆうちゃん、こっち向いて?」
「あ?……あわわうわーッ!」


肩を叩かれ隣を見やると、目に映ったのは白く浮かび上がった男の顔。
懐中電灯で顔を照らした蓮だった。
ゾッとして思わず叫んだ俺は、腰がガクンと抜けるのを感じる。
そのまま、地面に尻を強打。


「あはは。うわーだってー。ゆうちゃんはほんと怖がりだねぇー」


俺を見下ろしながら蓮はケタケタ笑う。
ムカつく!古い手にやられちまった!
蓮はバスケ部に入って最初に仲良くなった男なんだが、チャラチャラした見た目のまま性格もガキだ。

いつもこんな風にしょーもないイタズラを仕掛けてくる。


「おまマジで…この……アホー!」


いつもは相手にしないが、今日のはシャレにならない。
湧いてくる怒りのまま立ち上がり、蓮に怒鳴る。


「ごめん。怒らないでー。怯えてるゆうちゃんも可愛いよ?」


目の前で笑いながら謝る蓮に怒りが止まらない。
人間怖い物がひとつやふたつはある筈だ。
俺の場合はそれがお化けだった訳で。
馬鹿にされるのは許せない。


「テメーなんか嫌いだ。本気で嫌いだ!」


だから、思ってもないことを怒り任せに口にした。


「ふーん。……本気で?」


突然、表情を変えた蓮が俺をじっと見つめてくる。
なんでちょっと悲しそうな顔してんだよ。
そんな顔されたら、すげぇ傷つけたみたいじゃねーか。


「いや、悪ぃ、今のは……、」
「俺は本気でゆうちゃんのこと好きなんだけど」


慌てる俺の言葉を遮って、蓮は真剣な顔でそう言った。
俺を、好き?


「は?蓮?…今、なんて?」


驚いて固まってる俺の右手を、蓮は左手でそっと繋ぐ。


「怖いんでしょ。俺が握っといてあげる」
「いや……あの、」
「安心しない?」


状況を把握できない俺を放って、蓮は俺に微笑みかける。
その瞳は凛としてて、いつもなら似合わないと思うのだが、今日はその雰囲気に合ってた。 ――見とれるほどに。

怖いとかいう意味じゃなく、心臓が勝手に跳ねて、何も言えなくなってしまった。


「……まぁまぁ、するかもな」


やっと喋れたと思ったら、そんなこと言ってた俺。
何言ってんだ!なんて突っ込みを頭の中でする。


「うん、そうでしょ」


自分の言動を理解できないまま頷けば、蓮は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、行こっか」
「おう…」


肝試しはまだ長い。
でも恐怖は感じなかった。
右手に感じる熱が、忘れさせてたのかもしれない。


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