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□同級生
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罰を与えて愛を制す
「成央、別れようぜ」
夕暮れの教室。
窓際に立つ壮真の背中から、冷めた声が聞こえた。
あまりに唐突で信じられない言葉に、カバンにノートをしまおうとした俺の手は、動かなくなる。
「どうして?」
「お前さ、俺のこと好きじゃねーだろ?」
そんなこと思うわけがない。
現に今も、壮真の言葉は俺の胸を抉って、俺を見ようとしない背中から目が離せずにいるんだから。
「何言ってるの?俺は壮真が大好きだよ」
「ウソ吐くんじゃねーよ!……思ってもねーのに、よく言えるな!」
心から思っていることを口にすれば、振り返った壮真は俺を睨みつて涙を流した。
雨粒のようにボタボタと、壮真の足下に雫が落ちる。
壮真にウソをついたことはない。いつも、誰よりも先に壮真のことを考えてきた。
俺はいつ、壮真の信用を失ったんだろう?
自分の落ち度を探しながら、俺はしまいかけたノートがカバンと一緒に床へ落ちるのも構わず、壮真に歩み寄る。
「壮真、大丈夫?」
俯いて何度も腕で顔を擦る壮真の細い肩へ触れると、壮真は首を振って俺を拒絶した。
「……さわ、んな」
壮真の一言がまた深く、胸を抉る。
「どうしたの?」
俺は力の抜けた手を離して、癖の無い黒髪に隠れた壮真の顔を覗き込む。
心配するような声をかけながら、本気で気遣える余裕はなかった。
「ほんと、成央は優しいな。あいつから全部聞いたぜ」
「あいつ?……誰のこと?」
「とぼけんな、お前と付き合ってるやつだよ!」
「付き合ってるのは壮真だけだよ」
「ウソ吐くんじゃねぇって言ってんだろ!」
涙で濡れた顔を上げ、壮真は叫んだ。
大きな瞳にじわり、と新しい雫が溜まっていく。
あいつと言われても顔も思い付かない。
壮真について分からないことは無いと思っていたのに、俺は壮真の言葉がまったく理解できず、それ以上何も返せなかった。
「……そうだ、もう何も言うな。こんなめんどくせぇ話、お前もさっさと終わらせてぇだろ」
どう返そうかと考えているうちに、壮真は俺を嘲笑う。
「告って悪かったな、もう、無理に優しくしなくていーぜ」
謝ることは何もない。
告白された時は眠れないほど嬉しかったんだから。
理由は分からないけれど壮真は大きな誤解をしている。
俺は壮真が好きだし、壮真も俺を思ってくれてる。
早く、このくだらない誤解を解かなくちゃ。
俺達が別れる必要はどこにも無いんだから。
「壮真、俺は――」
「――じゃーな」
俺の言葉を一切耳に入れず、壮真は簡単に俺を切り捨てた。
壮真がいつも笑っていられるように、傷付けないよう大切にしてきた、俺を。
気付かないうちに壮真を傷付けたのは俺。要らないと言われても当然かもしれない。
でも、壮真にとって俺は、簡単に要らないと思えるような人間でしかなかったんだろうか?
抉られた胸の痛みが、悲しさより怒りで埋められていく。
別れるなんて、認めない。
「……痛っ、」
引き止める方法は言葉だけじゃない。
横を擦り抜けようとする細い手首を掴み、軽く引き寄せただけで壮真は大げさに痛がる。
初めて気持ちを伝え合った日から、誰よりも大切にしてきた人だった。
「この程度で痛がるんだ?優しくして欲しくないんだよね?」
「離せよ!」
壮真は嫌悪感に満ちた目で俺を見上げる。
引き寄せた体を机へ押さえ付けると小さな呻きが上がった。
「やめろ!」
「誰に何を言われたか知らないけど、俺と別れたいならそれなりの代償を払ってもらうよ」
壮真の瞳が恐怖で見開く。
大切にしてきたものを壊すのは、あまりにも簡単だ。
「ん、……っは、」
何か言おうとしたのか、薄く開いた唇に舌を割り入らせるのは容易った。
逃れようとする舌を絡めとりながらくぐもった声を聞く。
初めて触れた唇は甘くて柔らかくて、好きだという思いをより膨らませた。
険しい眼差しが和らぐと、一度唇を離す。
「好きだ、壮真。大好きだよ」
もう歯止めなんてかけない。
これから先伝えられないなら、気がすむまで伝えてしまおう。
壮真は赤くなった瞳を見開くと、涙を流して机を濡らす。
「こんな……なんで、今更キスなんかするんだよ。今まで、一度だって俺に何もしなかったじゃねーか!だから、俺は――」
そういう、ことか。
涙を流しながら赤い顔で叫んだ壮真に彼の言いたかったことが理解できた。
「――へぇ。俺が何もしないから、他のやつと付き合ってるって信じたんだ?」
「……それは、っ」
はっきり指摘すれば、言葉を詰まらせた壮真の瞳からとめどもなく涙が流れ落ちる。
悪かった、と弱々しい声が聞こえた。
怒りが冷めて、昂った気持ちが静まる。
押さえ付けた手首を離しても起き上がらない壮真を、俺は鬱陶しく思いながら見下ろした。
「どうして結論を出す前に、俺に言わなかったの?」
「……んなこと、言えねーよ…」
羞恥に染まった顔を逸らしながら壮真はボロボロと涙を零す。
中々思いを口にしない壮真が考え込む性格だとは知っていた。
そこまで悟れなかった自分にも責任があるのかもしれない。
けれど、俺ではない他人の言葉を信じて、打ち明けもせず一人で答えを出した壮真を、簡単に許す気にはなれなかった。
「それで、壮真は俺と別れたいんだよね?」
「は……?」
「何驚いてんの。壮真が言ったんだよ」
声の調子を落として言えば、壮真は泣き濡れた顔を露にする。
焦ったように起き上がって俺を見上げた。
壮真が次に何を言うかなんて簡単に分かる。
「……っ、いやだ、別れたくない!」
「そっか。だったらこれからは、俺に何でも話すって誓える?」
「ああっ、誓う、誓うから…」
笑わずに言えば、壮真は何度も首を縦に振った。
「いいよ、許してあげる」
「ほんと?」
よほど俺を失いたくなかったんだろう。
視線を合わせれば、壮真は途端に明るい笑みを浮かべた。
「うん、壮真を好きなうちはね」
もっとも、嫌いになることはない。
それは伝えないまま、不安気に俺を見返す壮真に微笑む。
これは小さな罰だ。
壮真が俺から、二度と離れないようにするための。
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