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□先輩と後輩
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どこにも行かせない。





いつもの図書館は休日だというのに人が少なかった。
おかげで、文字を追う視線は他に気を削がれることがない。
――前を見なければ、の話だけど。

窓際の机に座る俺の向かいで静かに目を伏せた恋人に目をやる。

すっと伸びた背筋、長い指で本のページを捲る様は、銀縁眼鏡の似合う端正な顔もあいまって見惚れるくらい綺麗だ。
それは単純に、恋人の贔屓目という理由も含まれている。

1ヶ月前付き合い始めたバスケ部の後輩、功は読書が好きで、俺も同じ趣味だったこともあり俺達のデートはもっぱら図書館に行くことが多かった。

静かな場所で功の存在を感じながら好きな小説を読む。それはすごく楽しいんだけど……一人で来ていた時にはなかったもう一つの好きなものがあると、俺の意識はより好きなもののほうへ向いてしまうわけで。

……ダメだ、このままじゃ一冊も読めなくなる。
本を読み始めて数分。
どうしても功を見たくてつい視線を送ってしまい、内容がまったく頭に入ってこなかった。
別の本なら集中できるかもしれない。
そう思い立って本を閉じると、俺は腰を上げた。
功は気付いていないらしく本に視線を落としたままだ。
声を掛けないほうがいいな。
邪魔にならないようにそっとイスを戻して、俺は席を離れた。

功に言われていたことも忘れて。



天井まである高い本棚から好きな作家の本を見つけて、背伸びをしながら手に取った。
帯紙のついたその本は新書らしく、タイトルに見覚えが無い。
試しに読んでみるか。
俺は棚に背を預けると軽い気持ちで本を開いた。




「喜一先輩、こんな所にいたんですか?」


どのくらい時間が経ったんだろう。
頭上から聞こえた功の綺麗な声に、慌てて本を閉じ顔を上げる。


「功……」
「席を立つ時は声を掛けて下さいと、言った筈ですが?」


腕組みした功の手には、さっきまで功が読んでいた本。
しおりの挟まれたそれを見て、途中で俺がいないことに気付いたのだと思った。


「ごめん、悪かった。けどお前、その本読むのすごく楽しみにしてただろ?だから邪魔しないようにと思ったんだ」
「まったく、喜一先輩と一緒だと落ち着いて本も読めませんね」


功は眼鏡のブリッジを指で押し上げて俺から顔を逸らす。
表情は、どこか疲れているようだった。
俺のせいで気疲れさせてしまったのかもしれない。


「功ごめ…ん?」


パシンと両手を合わせて功を見上げれば、長い指が視界に入る。


「喜一先輩、早く手を乗せて下さい」


差し出された掌は紛れもなく功のもので、俺は目を見張った。


「何でだ?怒ってないのか?」


勝手をした俺に怒るのは当然で、どうして手を繋いでくれるんだろうか?
不思議に思って問いかけた俺に功は柔らかく微笑む。


「手を繋いでおかないと、先輩は勝手に俺の傍を離れようとしますからね」
「功…」
「俺の目の届く所にいるのであれば繋がなくても結構ですが、その自信が無いのなら、手を繋いで下さい」


まっすぐな言葉に顔が熱くなる。
功の傍を離れない自信はあった。
だけど俺は、差し出されたその手を取った。



「いい子ですね」


俺よりも大きな掌が包むように指へ絡まる。
見上げた横顔は、満足そうに笑っていた。


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