黒子のバスケ

君が最初で最後の恋
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春。
それぞれの学校のそれぞれのバスケ部では新学期が始まった。

それは桐皇学園も例外ではない。
WCで引退した今吉から主将を任された若松は、現在、体育館で新入部員の練習を見ている。
その隣には桃井さつきがいて、新入部員のデータを取っている。

とはいっても、今年度の新入部員はさつきが監督の原澤と話し合い、気になる選手は中学生の時にすでにデータを取ってそれを元にスカウトしているから、その時からのデータの修正の意味合いの方が強い。
さつきが予測したとおりの成長をしている新入生がほとんどで、修正にもそんなに時間がかからないですみそうだ。

自分の隣でシャープペンを走らせるさつきに若松は聞く。
「大体のデータはいつくらいに取れる?」
「今日中には、修正も終わると思います。
なので明日の放課後までには、各選手に合わせた練習メニューを組んできます。」
さつきはボードから目を離さないで答えた。

「桃井は本当にすげぇよな。
オレ、青峰が味方でよかったと思う以上に、お前が味方でよかったと本気で思う。」
若松はしみじみと感じていた。


一年生の時は練習には出ねー、試合には出ると豪語していた傲岸不遜な男のそばに彼女は居続け、常に彼を放っておかなかった。
青峰もなんだかんだ言いつつも、さつきの電話にだけは出ていたし、重要なミーティングにはさつきがうるさく言えば
「うるせーな、このブス!」
と言いつつも出席していた。
マネージャー業をこなしながら青峰の事で彼女は何度気を揉んだだろう。

その男も今は、練習にもきちんと出ている。
傲慢なところは変わらないので若松と衝突することは多いが、最終的にはさつきが間に入る事で、青峰が引く形で言い合いは終わる。
それにあのデータは、なによりもの武器になる。
部円滑に運営できるのはさつきのお陰だ。

ただ、WC以降、さつきが青峰を呼ぶ時
『大ちゃん』
と言う様になり、さつきに好意を持っていた男たちはついに桃井は青峰と付き合い始めたのかなんて嘆いている。


若松は当初はさつきのことを優秀なマネージャーくらいにしか思っていなかったから、呼び名が変わった事も何も感じなかったが、WCが終わり、3学期が始まり、自分が主将の新体制が始まったバスケ部で、主将にまだ不慣れな自分をフォローしてくれるさつきに徐々に惹かれていった。

3学期に入ってすぐに主将会議があった時も、それをすっかり忘れていた若松に
「若松さん、今日の放課後は主将会議があるから授業終わったら生徒会室に行ってくださいね。」
と朝練の時に声を掛けてくれて、放課後もメールをくれた。
『部活はきちんと見ておきますので、主将会議よろしくお願いします。』
と。

放課後の掃除の最中にクラスメートと雑巾をほうきで打つ野球を始め、それに夢中になっていた若松は主将会議の事はすっかり忘れていたので、さつきからメールをもらえて助かった。


部費の予算会議の時は、さつきも一緒に出席してくれた。
前主将の今吉は頭のよさをフル回転して予算をどの部よりも多くもぎ取ってきたが、若松は残念な頭をしているのでそういうわけにいかない。
それをさつきが全部フォローしてくれた。

その際にさつきが提出した資料は完璧で、遠征にかかる費用からユニフォーム代、各個人から徴収する部費の額、それでもいくら足りないなど事細かに示してあった。
結局、バスケ部員が部費として個人で出している額がどの部よりも多いことと、それでも部費が足りない事が認められ、バスケ部の部費は昨年より大分上がった。

それに対し、
「なんか色々やらせて悪いな。」
と思わず謝った自分にさつきは笑って
「悪くなんかないです、全然。
だって若松さんの負担を減らして練習に打ち込んでもらうことが、私にとって一番大事仕事ですから。」
と言ってくれた。

バスケ部員だけじゃなくて、バスケ部関係ない男子からも人気がある桃井さつき。
『あんな可愛いマネージャーがいるバスケ部が羨ましい』
と他の部の部員から言われてる桃井さつき。
そのさつきが、何より自分の事を考えてくれる。

それは自分が主将をつとめているだからだとは分かっているが、それでもやっぱりさつきに気にかけてもらえて嬉しいと思う自分がいる。
こんなかわいい子にそこまでされて、惹かれない男はいないんじゃないかとも思う。

それでもさつきは誠凛の11番を見かけるたびに彼に抱きつくし、青峰との噂もあるし、自分の事を主将としてしか意識していないのは知っているから、その気持ちをさつきに打ち明ける気はないけれど。


「若松さん、そろそろ休憩を。
1年生にはまだ、2・3年と同じ練習をこなすのはちょっと無理だと思います。」
ボードと1年を交互に見ながらメモを取ってたさつきを見ていた若松は、さつきに急に見上げられてハッとする。

やばい、桃井に見とれてた、部活中なのに。

さつきに見つめられ、若松は慌てて顔をそらし
「1年は5分の休憩!」
と叫んだ。
その声に1年生はホッとしたように息をついた。

さつきはすぐにボードを床においてタオルとスポーツドリンクを配り始める。
「お疲れ様、よく頑張ったねー。」
笑顔をふりまくさつきから、息を切らせながら1年も笑顔になってタオルとスポーツドリンクを受け取る。

「桃井先輩、美人だよなぁ…」
「オレ、桐皇に進学決めた理由の半分はあの人だぜ…」
「実はオレも…」
1年の中でも比較的余裕のありそうな部員がこそこそ話してるのが耳に入り、若松が眉間に皺を寄せた時
「さつき、オレにもスポドリよこせ。」
青峰がのっそりとさつきに近づいて、後ろからさつきの肩に自分のあごを乗せてさつきの手元を覗き込んだ。

「大ちゃん、若松さんの話、聞いてた?
休憩は1年生だけだよ。
大ちゃんもう2年生なんですけど?」
さつきは青峰を諌めながらも、自分に青峰がくっついていることは嫌がらない。

それがさつきに気がありそうな一年に対する牽制だということは、若松にも分かっていたけれど、それでも面白くはない。

面白くはないと同時に、青峰には勝てねーのかなと弱気にもなる。
幼馴染で心配だから、と高校まで青峰と同じ所に進学したさつきと、ウルせーとかブスとか言いつつもさつきと一緒にいる青峰。

付き合ってはいない、だけど二人の間には誰も入っていけない絆がある。
それを見て、さつきに告白する気になる男は少ない。
若松もさつきを好きだと思いつつ、その気持ちを伝えることをする気にならないのは青峰の存在が大きい。

「さつき、そういやさっきメールが来て今日部活終わったらテツたちとストバス行くけどお前も行くだろ?」

青峰とさつきの関係についてぼんやりと考えていたら青峰がさつきの肩に顔を乗せたまま言う。
これも牽制のうちの一つなんだろうけど、誠凛の11番も来るなら桃井は即答するんだろう、行くってと思っていた若松は
「行かないよ、今日は色々やることあるの。」
というさつきの言葉に内心驚く。

青峰も驚いたらしい。
目を丸くし、
「テツがくんだぞ?」
と聞きなおすが
「それでも今日は行けないの。
だからテツくんによろしくね。」
とさつきはにっこりと笑った。

そして、若松に視線を移す。
「休憩終了です。」

「……おう、1年は休憩終了だ!」
声を上げながら、若松はさつきのやることってなんだろうと思っていた。

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