黒子のバスケ

HYPNOTIC POISON U
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警視庁刑事部捜査1課第2強行犯には捜査係がいくつかあるが、その中でも、1係から6係までの警部補は特に仲がいい。

どの係も警部は優秀で捜査員も優秀だが、中間管理職の主任である警部補は気苦労が多い。
まれに気苦労がない主任もいるが、大体はそれなりに上にも下にも気を使う。

そんなことを警部補たちがたまたま居合わせたときに誰かがぽつりと愚痴った事から、不定期に警部補だけの飲み会が開かれる事になった。

青峰と黄瀬の作ってきた調書を緑間に提出する前に確認しながら二人に訂正箇所とその理由を教えていたさつきは
「桃井、仕事中に悪いんだけど、これ、例の日にち決まったから確認しておいて。」
と言われ、顔を上げた。
6係の主任、警部補の伊月俊がさつきのデスクにB5の用紙を裏返しておいた。

「あ、了解です。
ありがとうございます、伊月主任。」
「桃井も主任だろ、伊月か俊でいいよ。」
「伊月主任、私より年上ですから…」
「階級も役職も同じだろ?
それに、オレ達の仲じゃん。」
伊月の言葉に
「分かりました。
仕事以外では…ね。」
とさつきが笑ったので、青峰と黄瀬はむっとした顔をする。
さつきと伊月が特別な関係だ何て聞いたことがない。
なんだこれは?!

そこに4係の若松孝輔が通りかかり
「伊月、日にち決まったのか?」
と伊月に話しかけ、
「ああ、ちょうどよかった。
若松、これな。」
と伊月は若松にも紙を渡した。

伊月も若松も、互いを主任と呼んでいたはずだが今は呼び捨てになっている。

「なんだよ、日にち決まったのかよ?」
それを見ていたらしい、1係の主任の森山由孝、2係の主任の宮地清志、5係の主任の福井健介も集まる。
「日にちだけじゃなくて場所も決まってますよ、さすが伊月主任!」
さつきが笑うと、他の主任達も笑う。

「それじゃ、ま、それまでの一週間、頑張ろっかい。」
福井の言葉にさつきも伊月も森山も若松も宮地も笑った。

「事件起きないといいなぁ。
それで大ちゃんもきーちゃんも問題起こさないともっと嬉しい!」

「うちは今抱えてる案件を早く解決しねーとな。
張り込みしてるの高尾だから、大丈夫だと思うけど。」
宮地が紙をたたみ、ポケットにしまう。

「うちは早川がワケわかんねーことしないでくれればそれでいいや。
こないだも聞き込みであいつさぁ、早口すぎて何言ってるのか分からないって言った人を公務執行妨害で逮捕しようとしたからな。」
森山がこめかみに指をあてた。

「早川、レベル高過ぎだろ、でもうちの氷室もなぁ…地取りに行って女の子に囲まれるのいつもだからな。
たまにオレも公務執行妨害で逮捕したくなる、氷室を。」

福井の言葉に若松と伊月が笑い出す。

「なんで氷室を逮捕すんだよ?!」

「氷室を囲んで地取りを邪魔する女の子たちを公務執行妨害で逮捕するんじゃないんだ?!」

「うるせーよ、お前ら何なんだよ?!」

黙って主任達の話を聞いていたが、全員が楽しそうでさつきもにこにこ笑ってるのに頭に来て青峰が口を開く。

とたんにさつきが青峰を諌める。
「大ちゃん!
みんな、主任で警部補。
大ちゃんより階級も役職も上。
その言い方はないでしょ!」

青峰が顔を上げると、主任がみんな青峰を見ている。
捜査一課の警部補5人に一斉に睨まれ、青峰もさすがにたじろいだ。

「本当にすみません、だい…青峰くんが失礼で。
それじゃ、一週間後、楽しみにしてますね。」
さつきが青峰の非礼を詫びて笑ったので、他の主任達も次々に一週間後を楽しみにしてると笑い、自分の席に戻っていく。

それを見届け、さつきはため息をつくと青峰と黄瀬を見た。
「主任に悪態ついてる暇があったら、調書の書き方いい加減に覚えてよ。
いっつもテツくんに押し付けるから、自分で書けないのよ。」
さつきは頬を膨らませて怒る。

それを綺麗さっぱり無視して、青峰はさつきに聞く。
「一週間後ってなんだよ?」
これは青峰にしかできない事だな、黄瀬は心の中でだけそう思う。
「大ちゃんには関係ないよ。
それより調書。」
だけどさつきはそれをあっさりと切って捨てた。

幼馴染同志、この遠慮のない関係がすげぇっス、黄瀬は二人をみてそう思った。


一週間後、捜査一課の刑事たちは定時にあがれることはまずない。
だけどその日、朝からバリバリと仕事をこなしていたさつきは定時の30分後に立ち上がった。
「お疲れ様でした、今日はお先に失礼します。」
仕事を完璧に終わらせたさつきはデスクを綺麗に片付けて立ち上がった。

「今日は早いな。」
係長で警部の緑間がさつきを見た。
「ちょっと用事があるんですが…提出書類に何か不備がありましたか?」
「いや、ないのだよ。
いつも通り、完璧なのだよ。
青峰が作成した調書も完璧で、桃井の苦労が分かるのだよ。」

緑間の言葉にさつきはにっこりと笑う。
「警部の負担を少しでも減らす事が私の仕事ですから。
それでは、お先に失礼します。」
さつきの笑顔に緑間が見とれているうちにさつきは帰ってしまった。

「日向警部〜、オレも帰るわ。」

「今吉警部、お疲れ様っス、今日はお先に失礼します。」

「大坪警部、お先に失礼します。」

「今日は帰るわ、笠松警部、お先に〜。」

「岡村警部、お疲れ様でした。」

さつき以外の主任達も次々に立ち上がり、帰っていく。

「なんや、あいつら、今日はなんかあるんか?」
その姿を見送った今吉が首をかしげた。

「そうなんだろ。
コガ、調書書き直せ、誤字が多い。」
日向が今吉に返事をしながら目を通してた調書を小金井に返した。

「いいなぁ、桃井主任と一緒にどこかにいけるとか若松主任いいなぁ…。
ボクも警部補の飲み会、行ってみたいなぁ。」
桜井がぼそりと呟いた言葉は誰にも聞こえなかった。


今回の警部補の飲み会で幹事をしたのは伊月だったが、伊月が選んだ個室の居酒屋は洒落ていて、食事もお酒もおいしかった。
6人は仕事関係の話はもちろん、それに関係ない話もしていたが、お酒が進むに連れ、話は次第に恋バナになっていく。

「恋人なんかいねぇよ。
忙しいし。」
と言ったのは宮地。

「ですよね。
約束しててもドタキャンばかりしちゃうからなぁ…。
一度だけ、友達に頼まれて非番の日に合コン行った事あるんです。」

さつきの言葉に、全員が目を丸くする。

「え…?」
五人が驚いているので、さつきも驚いている。

「いや…桃井でもそんなの行くのか…」
福井の言葉に
「その一回だけですよ。
一回で懲りました。
だってね、とりあえずメルアド交換した人がいたんですけど、会う約束した日に限って忙しくて、なかなか会えなかったのね。
それでやっと会えた日に事件が起こって呼び出しがあって。
事件が起こって召集かかってるのに警部補が行かないってできないじゃないですか?
だから仕事場から呼び出しがあって行かなきゃって言ったら
『本当は僕に会いたくないならそう言えばいいじゃないか、君はひどい人だな!』
とか言われましたよ。
刑事だなんていいたくないし、結局その人を怒らせたまま現場行って、帰ってきたらもう深夜だったし、次の日謝罪メールしたら、もうメルアド変わってて…。
その時、もう二度と合コンなんかしないって思いましたねー。
恋人作るなら自分と同じ刑事か、刑事と同じくらい忙しくてデートのドタキャンをお互い様で済ますことが出来る人じゃないとダメですねー。」
ほろ酔い加減で機嫌の良さそうなさつきはいつになく饒舌に語った。

「ああ、それ分かる。
同じ刑事なら理解してくれることがたくさんあるだろうしな。」
そう言う宮地の空いたグラスにさつきがビールを注ぐ。

「結局そうだよな。」
森山も同意しながら枝豆をつまむ。

「刑事って離婚率高いんだよなー。
家族サービスとか無理だもんな、実際。」
伊月も頷く。

「そうだよなぁ。
現実問題、仕事忙しくて家にいねぇし。」
若松の言葉に福井も頷いた。

その時、さつきの携帯が鳴った。
「事件?」
「メールです、友達からの。」
嬉しそうにさつきは携帯を弄っている。

メールは、花宮からだった。

『今日も一つ、商談決めた。
それで今、自宅に帰ってきたけど、疲れたからもう寝る。
おやすみ。』
とのメールに
『お疲れ様。
私は同じ役職の人たちと食事してるよ。
おやすみなさい、ゆっくり休んでね。』
さつきはメールを返して携帯をしまった。


花宮はさつきからメールを見て顔を緩ませる。

「ああ、警部補同士の飲み会か。
ふはっ、あいつ分かってるのかよ、他の警部補殿たちの気持ちに。」
公安の花宮ですら、本庁のアイドル、本庁の華と言われるさつきのことは知っている。
そのさつきと同じ第2強行犯係の気の合う警部補たちが、さつきとともに不定期で飲み会をしている事も知っている。
だけど、ただ気が合うからくらいで忙しい警部補たちが時間を作るわけがない、花宮はそうも思っている。

『あんまり帰り遅くなるなよ、バァカ。』
そう返信した花宮に
「あら、マコちゃん、何かいいことあったの、すごく嬉しそうな顔してるわ。」
直属の部下の実渕玲央が花宮に話しかけてくる。

「うるせーな、早く報告書提出しろよ!」
花宮の言葉に実渕は肩をすくめて、出来上がった報告書を提出した。

「ねぇ。」
報告書を真剣な顔で読む花宮に、実渕が話しかける。

「なんだよ。」

「あの子、桃井さつきちゃん。
本気になるのはダメよ。
さつきちゃんがマコちゃんを公安の刑事だと知ったらきっと驚くわ。
お互いに傷つく前に、深みにはまる前に離れるべきよ。」

花宮は報告書から顔を上げないが、実渕が真剣な顔をしているのは分かっていた。
だけど花宮は何も答えなかった。
答えられなかった。

END

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