黒子のバスケ

想いの鍵 ACT.黒子
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黒子は自分がバスケットプレイヤーとしては並以下の選手だと言う事を理解している。

パスに特化しているという事はつまり、パスを受け取ってシュートを決めてくれる選手がいないとどうしようもないと言う事だ。

一人では何もできない。
だから、パスを受け取って、シュートをしてくれる『光』のための『影』に徹する。
それがバスケを続けていく上で黒子には必要だった。

そんな黒子の光は、青峰だ。
「なんでバスケ以外ではまったくダメなのに、バスケではこんなに気が合うんだろうな。」
青峰はいつもそう言って笑って黒子のパスを受け取り、シュートを決め、拳を自分に突き出してくれた。

自分はこの人の、この光の影でいい。
黒子はそう思っていた。


そんな自分がいつからだろう、『彼女』の『光』になりたいと思ってしまったのは…。

彼女…桃井さつきが、帝光中バスケ部の光そのものな女の子が自分に『好き』だといってくれるようになったのは、 黒子があげたアイスの当たり棒がきっかけだった。


帝光バスケ部で一年からエースの青峰大輝は有名人だ。
その幼馴染で情報収集のエキスパートである桃井さつきも、青峰と同じく有名人だ。
赤司に見出されて一軍に昇格するより前から黒子は桃井さつきの名前を知っていた。
青峰の幼馴染で、優秀なマネージャーで、容姿も頭をいい。
そんな彼女を、黒子は一軍になってからというもの、目で追うようになっていた。

最初は自分の光の幼馴染だからだった。
だけど、徐々に彼女自身のことが気になるようになっていった。
赤司に見出されていきなり一軍に昇格した自分に周囲の風当たりは結構強かった。
黒子は目立たないから直接何かされる事はなかったけど、そこに黒子がいることに気が付かないで悪口を言われる事は多々あった。

その日も、休憩中に体育館の外で休んでいる黒子に気が付かず、数人の部員が黒子の悪口を言い始めた。
パスは上手いかもしれないが一人で何もできないやつだとか、パス以外の才能はないとか、いや、主将の赤司とエースの青峰に取り入る才能はあるだとか、そんなことだ。

ああ、また始まった。
黒子はそれくらいしか思わなかった。
何度も何度もこういうことはあったので、もう感情が麻痺しているのかもしれない、ぼんやりとそんな事を考えていたら

「バスケは5人でするスポーツです。
1人では何もできなくても、他の4人の助けになってチームを勝たせることができるなら、それで十分だと思いますけど。
むしろ、自分を殺して他の4人を徹底的にアシストする黒子くんはとてもすごい人じゃないですか?
少なくとも、私はそう思うんです。
それから赤司くんも青峰くんも、取り入ったくらいで部員をひいきするような、そんな人じゃありません。
実力があり、帝光に勝利をもたらすのであれば、誰でも一軍に昇格させるし、その人を全力で守りますよー。
じゃなかったら、ショウゴくん、とっくに強制退部になってますよー。」

明るい声が響いて、黒子は目を丸くした。

桃井さつきが黒子の悪口を言っていた部員達の前に立っていた。
両手にたたまれたタオルを抱えて、さつきは笑っている。
その笑顔が割ときつい事を部員達に言っているのにそのきつさを和らげているようだった。

部員達はさつきにこんな場面を聞かれたことでバツの悪そうな顔をしているが、素行の悪い灰崎がそれでも帝光の勝利に貢献していると言う事で強制退部にならないという事実に
「そうですね。」
「すみません。」
などと言い出した。

「ううん、謝るのは私にじゃないでしょ?
黒子くん、体力ないけど頑張ってると私は思う。
だからあなたたちも黒子の悪口いうんじゃなく、その分を練習とかに回せばいいのになと思う。
だって、そうすればあなたたち自身がもっと強くなると思うよ?
あなたたちが強くなったらその分、帝光が強くなるんだもん。」

さつきの言葉に彼らはもう一度さつきに深く頭を下げた。
そして、その日の部活終了後、彼らは黒子に謝りにきて、自主練もするようになった。

さつきはあの時、黒子の存在に気が付いていなかったと思う。
だけど、いるいないに関わらず自分を庇ってくれたさつきに黒子は本当に感謝した。

だからアイスの当たり棒が出た時、それをさつきに上げたのだ。
お礼のつもりで。
黒子のことを庇ってくれた、黒子のことを見てくれたお礼だった。


意外だったのは、それからさつきは黒子を好きだと言うようになったことだ。
最初のうちには思いっきり浮かれた。
表情には出さないけど、あんなに可愛い子に好意を寄せられるのは単純に嬉しい。
それが自分をあんな風に庇ってくれたさつきならなおさらだ。

だけど、すぐに黒子はさつきの気持ちが『恋』じゃないことに気が付く。

彼女の幼馴染の青峰は爽やかなスポーツ少年だけれど、幼馴染の彼女に甘えきっている。
暴言を吐いても、冷たくしても、彼女は自分から絶対に離れていかないと思っている。
だから彼女にあまり優しくない。
むしろ、彼女からの献身を当たり前のものとして受け入れている。

主将の赤司と副主将の緑間はそれぞれに頼りがいはあるが、彼女を対等の存在として扱っている。
裏を返せば彼女に甘えを許していない。

紫原は子供だ。
彼女は彼の世話を青峰にしているように焼かなければならない。

灰崎は素行が悪い。
そんな灰崎を諌めたり、時に怒ったりしながら部活停止になるような大きな騒ぎを起こさせないようにしている。

黄瀬は初心者からたった2週間で一軍に昇格してきた。
だけど、初心者である事には変わりない。
ルールなんかを黄瀬に教えるように赤司に言われたさつきは、黄瀬にバスケのルールを教える先生役だった。

つまり、彼女は誰にも甘えられないような状況にいるのだ。
そんな中で黒子からもらったアイスの当たり棒に精神的に救われた気になり、無自覚に自分に甘えているだけだと、黒子はそう理解した。

その証拠に彼女はなんだかんだいいつつも青峰のそばを離れなかったし、青峰を大事にしていた。

そして、青峰もさつきに対しては完全に甘えているが、それはさつきが自分から離れていくはずがないという、絶対的な自信からくるのだと黒子には分かった。

さつきがなんだかんだいいつつ青峰のために試験前はノートをコピーし、黄瀬と青峰の1ON1が終わるのを待って青峰と一緒に帰り、青峰のそばにいるのを、青峰は素で当たり前のことだと思っている。

それが分かった時、黒子は自分の想いに鍵をかけることに決めた。
甘えを恋と勘違いしているさつきへの自分の想いは報われない。

だって徐々にばらばらになっていった自分達に対し、さつきだけは最初から揺らがずに青峰のそばにいることを決め、進路を桐皇にしたのだから。

さつきの芯はいつだってぶれない。
青峰を支えること、そばにいることにまったく躊躇がない。

そしてそれを享受している青峰は、自分で気が付いていないだけでさつきを好きなのだから。
才能が開花した後はスレてしまった青峰だけど、それでもさつきの言う事だけは聞いている。
あの男が休日にさつきの買い物に付き合ったりしているのだ。
自分で気が付いていないとしても、そんなの、彼女を好きじゃなければできない事だろう。

さつきが好きだから。
そして、バスケを続ける希望を自分にくれたのは青峰だから。
二人の幸せを願い、自分の想いに鍵をかけて、二人を応援しようと黒子は決めた。

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