黒子のバスケ

プレゼント
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朝練が終わったあと、赤司は青峰に呼び止められて足を止めた。

「これやるよ。」
差し出されたのは、そっけない茶色の紙袋に入った、雑誌のようなものだった。

「なんだこれは?」
目を細めて聞く赤司に青峰は
「グラビア。
お前今日誕生日なんだろ?
だから誕生日プレゼントやるよ。」
答えた。

青峰の言葉に赤司は目を見開く。
「大輝、気持ちだけ受け取っておくよ。
僕はグラビアには興味はない。」

「んなわけねーだろ!」
赤司の言葉に今度は青峰が目を見開く。

「いや、僕はグラビアには興味がないよ。
大輝、一つ言っておく。
プレゼントというのは自分の欲しいものを相手に贈るものじゃない。
大輝にとってはグラビアは最高のプレゼントかもしれないが、僕にとっては不要なものだ。
が、お前の気持ちだけはありがたく受け取っておく。」
赤司はそれだけ言うと部室に向って歩き出す。

部室につくと、赤司より先に着替えていたはずの紫原と緑間と黒子がまだ部室に残っていた。

「赤ちん、誕生日おめでとう!」
そう言って紫原がくれたのはまいう棒の詰め合わせだった。
30本くらいあるまいう棒を受け取ってから、赤司は
「それじゃこれは僕から敦へ感謝の気持ちだ。」
と20本のまいう棒を紫原に渡す。
「ありがと、赤ちん!」
と笑う紫原に赤司も微かな笑みを返した。

「以前、ほしいと言っていた詰め将棋の本をたまたま見つけたから買っといてやったのだよ。」
緑間がくれたのは詰め将棋の本だった。
「ああ、確かにこの本だよ。
真太郎、ありがとう。」
赤司はそれを受け取って緑間にも微かな笑みを返す。

「僕は赤司くんが好きだといっていた作家の新刊を買ったんで、よかったらどうぞ。」
黒子が差し出した本は、綺麗にラッピングされた本だった。
「ああ。
ありがとう、テツヤ。」
赤司は本を受け取って笑う。

中学バスケ界最強の100人からいる帝光中バスケ部を突出したリーダーシップで纏め上げる主将も、チームメイトからのプレゼントに笑みを浮かべている。
だけど、笑みを浮かべてはいても、赤司は心のどこかで寂しさを感じていた。
それはきっと、本当に祝って欲しい人からおめでとうの言葉を聞いてないから。
赤司の脳裏に、桃色の長い髪が鮮明に浮かんだ。


その日の昼休み、昼食を終えて図書室にいた赤司は、自分の向かいに誰かが腰を下ろしたのに気が付いて顔を上げた。

そこに座っていたのは桃井さつきだった。

「何読んでるの?」
さつきは顔を上げた赤司に微笑みかける。

「夏目漱石の『こころ』だ。」
赤司がさつきに小声で言って表紙をみせるとさつきは
「先生からの遺書が私に届く話だよね。
いつの時代も人を好きになる気持ちとか、恋とか友情って難しいよね。」

他の生徒の事を考えているのか、赤司に顔を寄せて小声で話しているから赤司はさつきを至近距離で見ていることになる。
肌が白くてなめらかだ。
さつきが動くたびにそれにあわせて揺れる髪は窓から差し込む光を反射して艶やかに輝いている。
綺麗だ、赤司は純粋にそう思った。

だけど、彼女が好きなのは黒子だ。
自分じゃない。

本当に、いつの時代も恋は難しい。
すべてに勝利している赤司でも、恋だけはどうにもできない。

いつからかさつきに恋をしてる自分に気が付いてからは、自分が自分じゃなくなるような、そんな感覚まで感じてしまう。

それなのに、その彼女が好きなのは黒子なんだから、本当に恋だけはどうにもできない。

さつきを見つめながら考えていたら、急に目の前にラッピングされた箱が差し出され、赤司は目を丸くする。

「お誕生日おめでとう、赤司くん!
いつも、いつも私達を支えてくれてありがとう!
だけど、どうしても辛くなったらその時はちゃんと頼ってね。
赤司くんが私達バスケ部員を支えてくれるように、守ってくれるように、私も赤司くんを支えたいと思ってるから。
これね、手袋なの。
乗馬用の。
赤司くんの特技は乗馬だって聞いたから選んだんだ。
気に入ってくれるといいんだけど。」

小首をかしげて笑うさつきに赤司は愛しいという気持ちがこみ上げてきてたまらなかった。


中学二年の誕生日、以前から好きだと思っていたさつきへの愛しさを自覚した赤司はすぐに行動を起こし、最終的には彼女と恋人同士になった。

仲はよかったと思う。
だけど、才能の開花に伴って徐々に自分達は変わり、三年の全中を優勝した後、彼女が自分と付き合う前に想いを寄せていた黒子はバスケ部を辞めた。
真っ先に才能が開花した青峰にいたっては、もう練習すらしなくなっていた。


もし自分達の才能が開花しなかったら…そう思うことが実は未だにある。
そうしたらさつきは赤司と一緒に洛山に入学していたかもしれない。
高校三年間を一緒に過ごせていたかもしれない。

けど結局、さつきは悩みに悩んだ挙句、進路を桐皇学園に決めた。

赤司としてはさすがにそれを受け入れる事はできず、それをわかっていたらしいさつきから
「全部自分で選んだ事だから、赤司くんには本当に申し訳ないと思ってるの。
だけど、後悔はしてないよ。」
と言われて、二人の関係は終わった。


赤司は三年間を京都で過ごし、そのまま京都の大学に進学する事にした。

黒子に負けたことで、キセキの世代は再びバスケを楽しむ事ができるようになった。
だけど、みんなで集まる時、さつきは絶対に来なかった。
おそらくは、自分に気を使っていたのもあるだろう。
だけど、黒子や青峰、黄瀬や緑間などさつきの近くにいるやつらからさつきの話を聞くたび、赤司の胸にささったままの小さなとげがじくじくと痛んだ。

だから、赤司は完全にさつきを忘れるために進学先を京都の大学にした。
物理的な距離があったって胸は痛むのだから、物理的な距離がないともっと胸が痛むと思った。

だけど、大学の入学式でベージュの洗練されたスーツを着たさつきと再会した。
驚いた顔をしている赤司にさつきは微笑んだ。

「これも自分で選んだことなの。
もう、大ちゃんは大丈夫だから今度は自分のしたい事を選んだの。
赤司くんが好きです。
大好きです。
だから、これからはずっと赤司くんのそばにいたいです。
だめですか?」

と聞かれた時、赤司は力一杯さつきを抱きしめていた。

胸のとげが抜けたのを感じた。


それからずっと、誕生日を一緒に過ごしている。
そして今日は、大学に入って四回目の誕生日だ。

さつきが予約したというレストランは、恋人同士に人気のカジュアルな雰囲気のものだった。

「ゼミの子に教えてもらってレストランなんだけど、おいしいね。」
デザートのパンナコッタまで食べ終えたさつきはにっこりと赤司に向って微笑んだ。

「ゼミの子って女の子かい?」
赤司の質問に首をすくめるさつき。

「女の子だよ。
もう、本当に征くんってば…私には征くんしかいないのに。
京都の大学に進学するのが、どれだけ大変だったと思ってるの?
お父さんに泣かれて大変だったんだからねー?」

さつきは一人娘だ。
こんなに可愛い一人娘が高校を卒業してすぐに京都の大学に進学すると知ったら、父親なら心配して当たり前だし、寂しいと思って泣くのも当然だろう。
だけど、さつきの父には悪いが、もうこのままさつきをあちらに…東京に帰すつもりはない。

「それよりもお誕生日おめでとう。
これ、お財布だけどよかったら使って?」
そう言ってプレゼントを差し出してくれたさつきの手を握り締める。

「ありがとう、それからもう一つ、さつきからプレゼントをもらっていいかな?」

「え?」
赤司の言葉に困惑したような顔をするさつきに赤司は微笑んだ。

「桃井の苗字を僕にくれないか?
赤司さつきになってほしい。」

「よろこんで!」

即答したさつきに、赤司は滅多に人に見せることのない満面の笑みを浮かべた。

END


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