黒子のバスケ
□春宵道中・弐
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洗った髪を結うこともせず、おろしたままでさつきは衣桁にかかった仕掛けの前でため息をついた。
届けられた仕掛けは七枚。
赤司、緑間、青峰、紫原、黄瀬、黒子の他につい最近さつきのお客になった火神大我という男からも届けられていた。
火神という男はとある藩の藩主の息子で、参勤交代の際に住む江戸の屋敷を建て直すことになり、父である藩主に代わってそのために最近こちらにきた男で、さつきの客でもある幕臣が連れてきた。
きちんと三回通ってきた後、さつきの客になった火神は三回目の馴染みを終えたあと寝具を新調してくれた上での、仕掛けの贈り物。
「酔狂なことをするものでありんすな。」
思わずそう言ったのは、火神が自分のためにいくら使ったのかに想いを馳せてしまったからだ。
どんなにお金をかけてもらっても、自分は誰にもなびくことはない。
だって、自分の中にはもうすでに…頭に浮かんだ人の顔を打ち消し、さつきはつぶやく。
「わっちは恋をすることなんかありんせん。
間男の存在は我が身を滅ぼすだけでありんす。」
「姉さん、その仕掛けも綺麗でありんすな。
どれを着るでありんすか?」
その時、さつきの新造がさつきの部屋に入ってきた。
「贈ってくれた人と会う時に、その仕掛けを着ることになりんしょう。」
さつきはそう返事をすると立ち上がる。
「浮雲、三味の稽古の準備を。
湖月と小春も呼んできなんし。」
「姉さん、本当に綺麗な髪でありんす。」
立ち上がった拍子に揺れたさつきの髪をみて、新造が目を細めた時、
「太夫、赤司様からのお届けものです。」
と見世番の宮地清志が現れた。
手には、小さな箱を持っている。
「太夫、明日は道中です。
赤司様が道中の際にこれをつけるようにと届けてくださいました。」
「ありがとう、清志さん。」
さつきは笑みを浮かべてそれを受け取る。
箱を開けると中にはかんざしが入っていた。
雪の結晶を模した銀細工の高そうなものだった。
「本当に赤司様は姉さんがすきなんですね。
こんな高そうな仕掛けにかんざしを贈っての道中なんて。」
新造のうらやましそうな顔にさつきはあいまいに微笑み、宮地に
「ありがとうございます、清志さん。」
と頭を下げる。
太夫がそんな簡単に頭を下げるものじゃないと思うと同時に、宮地はそんなさつきを愛しいとも思う。
だけど、彼女は桐皇屋の太夫でこの町一番の遊女だ。
そんな気持ちを抱くことすら許されない。
さつきの笑顔に宮地は頭を下げるとさつきの部屋を後にした。
「それじゃ姐さん、わっちは三味の稽古の準備をしてきます。」
新造はさつきに笑顔を向けるとぱたぱたと足音をさせて駆けていく。
それを見送ってさつきは手元のかんざしに視線を落とす。
「申し訳がおざんせん。
赤司様の誠にわっちは誠を返すことができんせん。」
つぶやきは誰も受け取ることがなかった。