黒子のバスケ

薄羽蜉蝣・弐
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さつきは今日も顔色が悪い。
彼女のつわりは食べたものは何でもはいてしまうといったもので、さつきのお腹の子の祖父でもある医者の緑間の父親はさつきの栄養不足を心配している。

祖父としての心配もあるのだろうが、生まれた子は次期将軍であり、緑間の父は無事にその子が産まれれば将軍の祖父ということになる。
心配するのは当たり前で緑間の父は毎日の様に滋養のあるものを持って城に診察に来る。

さつきは今日は緑間の父から差し入れされた卵を朝食に食べていたはずだ。
その後全部はいてしまったようだけれど。

そんなことを思い出しながら今吉は
「上様、無理せんでも大丈夫です。」
と声をかけたけれど、さつきは青白い顔で
「大事無い。」
と答えた。


「上様、謁見までまだお時間があります。
よろしければこれを。」
その時、森山がさつきの前に座ると綺麗な紙包みを差し出した。

「かわいい!
これは?」
さつきの顔が綻ぶ。

さつきは昔から可愛いものが大好きだった。
青峰や花宮と城の庭を走り回りながらも、女の子らしいものも大好きだった。

さつきの兄のむつきはよくそう言ってさつきに綺麗な千代紙で鶴を折ってやっていたことを今吉は思い出す。
さつきの誕生日にと、むつきがさつきに綺麗な鞠を買ってやっていたこともあった。
今吉のおさななじみのむつきはいつだって妹のさつきを大事にしていた。
弟のみつきのことも。

その弟が亡くなり、自分も毒を盛られてもう助からないと思った時、どんな気持ちでむつきは自分にさつきを託したのだろう。
なのに何もしてやれない。

むしろ好きでない男の子供を身ごもって体調を崩してるさつきをこんなところに引っ張り出している。
だけど、さつきの笑顔に今吉は少しだけ救われた気になる。



「栗の入った饅頭にございます。」
さつきに包みを差し出した森山はそう答えた。
途端にさつきの顔がぱぁっと明るくなる。
「ありがとう、由孝さん!」
相当嬉しかったのか、さつきは笑顔で森山を普段の呼び名で呼び、それを受け取った。
「吐いても、口に入れてから吐くまでの間は食べたものは栄養になるって緑間先生が言ってたからちゃんと食べるんだよ?」
森山の口調も砕けたものになる。

「オレも水羊羹を買ってきたんだよ。」
そこに氷室が声をかけた。
「ありがとう、辰也さん!」
森山の隣に座り、氷室がやはり可愛らしい紙包みを差し出す。
「口当りがいいから食べやすいかなと思って。」
「うん、食べられると思う!
由孝さんのお饅頭も、辰也さんの水羊羹も!」

「ところでオレの買ってきたところてんも食べられるかな?」
氷室の隣に座ったのは伊月で、伊月もさつきに可愛らしい紙包みを差し出した。
「ところでところてんだって…俊さんってば本当にもう…」
口元に扇子をあてて笑いながらさつきは嬉しそうにしている。

「上様、オレからはあんみつを。」
伊月の隣に座ったのは福井だった。
「健介さんも?
ありがとう。
とっても嬉しい。」

さつきは嬉しそうにしていたけれど、福井の
「みな、お子様が無事に生まれることを願っているのです。」
の言葉に一瞬だけ顔を強張らせた。
「そう…」

「はい。
そしてなによりも、上様ご自身のご無事を心より祈っております。」
「ありがとう、健介さん…」
さつきと福井の視線が絡む。
それは一瞬で、すぐにさつきはふっと目をそらし
「みんなありがとう。」
と笑った。
「無事に生むから、安心して。」

好きな男の前で、他の男との間にできた子を無事に産むと言うさつきと、好きな女に他の男の子を無事に産めと言った福井の胸中は想像に難くない。

それでもさつきは笑い、福井も笑った。
そのことに今吉は胸が痛むような気がした。

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