黒子のバスケ

お姫様の献身とお姫様への献身
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目の前にいる三人の男性にさつきはこまったなと思いながら
「ですから、何度も言ってるように私は桐皇のバスケ部のマネージャーで、午前中に公式試合をしてたこの体育館に忘れ物を取りに来てるんです。」
とさっきから三回目になる言葉を口にする。


言葉通り、さつきは午前中に公式試合をしていたこの体育館に忘れ物を取りにきていた。
ただし、忘れ物は自分のものではなく、青峰のバッシュだ。

青峰は試合が終わったらさっさと帰ってしまったが、さつきは今吉と諏佐と共に残って午後の試合も見ていた。
午後は特に、霧崎第一の初戦が控えている。
この試合を見逃すような事はしない、そう思っていたら携帯が鳴った。
発信者は青峰だった。

「さつき、午後も試合見てんだろ?
オレ、控え室にバッシュ忘れたからついでに持って帰ってこい。」
用件だけ言って電話を切った青峰に強い怒りを覚えつつ、さつきは仕方なく今吉と諏佐に断って、午前中に桐皇が控え室として使っていた部屋に行こうとしてどこかの学校の試合を見に来たらしい男性三人に絡まれてしまっていた。

しつこい三人にどうしようとさつきは思う。
何度断っても全然話聞いてくれないし、こんな事になるなら今吉さんか諏佐さんについてきてもらえばよかった…。

さつきが自分の浅はかさを心底後悔してる時、いきなり三人のうちの一人に腕を掴まれてさつきは鳥肌がたった。

にやついた顔で自分の顔を覗 き込む男と、残り二人の男の視線がちらちらと自分の胸にあることに気が付いたさつきは気持ち悪くて手を振り払おうとしたけれど、がっちりと掴まれた腕はびくともしない。
まずい…さつきがそう思った時だった。

「なにしてんだ、こんなとこで。」
聞こえてきた声にさつきは心底ホッとして
「マコちゃん…」
と涙声を出していた。

マコちゃんと呼ばれた男…花宮真はユニホームの上にジャージの上着だけ羽織った姿で後ろに霧崎第一のレギュラー陣を引き連れている。
後ろにいるのは霧崎第一のレギュラーである原一哉、瀬戸健太郎、古橋康次郎、山崎弘だった。

悪童率いるラフプレーの多い霧崎第一のことはさつきに絡んできていた男達も知って いたらしい。
「なんで悪童がここに…」
とかなんとか言っている。

花宮はまっすぐにさつきの腕を掴んでいる男を見ていた。
「何してんだ、お前。
お前、私服だけど○○高校のバスケ部員だろ?
初戦一回戦敗退の。
制服も着ねぇでそんな格好で女ナンパか。」
ふっと鼻で笑ったあと、花宮は鋭い目で男を睨む。

「花宮、画像は撮っといた。
初戦一回戦敗退した学校の生徒が、嫌がる強豪桐皇のマネージャーをナンパなんて大会の本部にちくったらどうなんだろうな。」
自分のスマホを構えた瀬戸がにやりと笑う。

青ざめる三人に
「二度とこいつと、オレらにかわまないっつーなら、まぁ忘れてやってもいいが。 」
花宮は吐き捨てた。

花宮の言葉に三人は頷いて走って去っていく。

その後姿を見てホッとした瞬間、腕を掴まれてさつきは涙目のままで自分を目の前に引っ張ってきた花宮と向き合う事になる。
「なに一人でこんなとこうろうろ歩き回ってんだ、バカが!」
軽くデコピンをする花宮だけど、その目が心配そうにしてる事がさつきには分かってる。

とはいえ、本気で怖いと思ってたさつきはほっとしたせいかデコピンをされるのとほぼ同時に涙をこぼしていた。

「あーあ、花宮泣かすなよ。
怖い思いした女の子を。
桃井、おいで。」
ガムをかみながら原がさつきに向かって両手を差し出す。
「一哉さん…」
言いながらさつきは原の腕の中に飛び込んでた。

「怖かったよな」
普段のコートの中での態度がまるでうそのような優しい声で原がさつきの背中をなでる。

「マジ花宮はひでぇよな。
桃井、オレの腕もあいてる。」
瀬戸が少し笑って、さつきの髪を指先に巻きつけては離すを繰り返しながら
「こっちにも来い」
なんて声をかける。

「健太郎さんが優しい…」
言いながらますます泣くさつきが可愛らしくて瀬戸は原から奪うようにして抱きしめた。

「おまっ、桃井返せよ!」
原は不服そうにしているが
「順番だろ、オレも桃井が心配だったんだからな!」
と山崎に言われると、真っ先に自分が抱きしめので原はそれ以上なにも言うことはできなかった。

それでも、彼女は霧崎第一のかわいい『お姫様』だ。
そう、戦うお姫様。

霧崎第一の監督に就任した花宮が真っ先にやったことは、桃井さつきのスカウトだった。
頭脳プレーもする霧崎第一にとって、桃井さつきのはじき出すデータは喉から手が出るほどほしいものだった。
より完璧な作戦を立てられるようになるはずだ。
花宮はそう思ってさつきをスカウトに行った。

そこでさつきに言われたそうだ。
『青峰君のそばにいてあげたいんです。』

『青峰だけじゃねぇ、キセキの世代の誰にももうお前のデータは必要ねぇだろう。
けどオレならそのデータをもとにキセキの世代のいる学校に勝ってやることも出来る。』

花宮は そういったらしいけれど
「私には何もできなかったから。
だからせめて見届けるくらいはしたいんです。
彼らの力になれないことはわかっていても。」
と返され、それ以上は何もいえなかったらしい。
そしてその強い意志を宿した目に悪童・花宮真が惹かれてしまったらしい。

その話を聞いてさつきに興味を持った霧崎第一のレギュラーの面々も、花宮について何度かさつきと接していくうちに、すっかり彼女を気に入ってしまったのだった。

「怖かったよな、桃井。
もう大丈夫だからな。」
「弘さんも優しい…うう…怖かったよ…」
さっきまでの恐怖とはまったく違う、あたたかい人のぬくもりにさつきはますます激しく泣き始める 。

「あー、もう泣くなって。
大丈夫だから!
な!」
泣いてるさつきをギュッと抱きしめる瀬戸から山崎は無理やりさつきを奪い取ってさらに強く抱きしめる。

「まったく、なんで桃井を一人でうろつかせるんだろうな。
桐皇の連中はバカなんじゃないか。」
相変わらずのポーカーフェイスで古橋はいい、今度は山崎から古橋がさつきを奪い取って抱きしめる。
「本当に無事でよかった。」
「いつも冷たい康二郎さんの言葉とは思えない〜」
言いながらますます泣くさつきを古橋は目元を和らげて抱きしめながら背中を撫でる。

「ふはっ、バァカ!
だから桐皇じゃなくて霧崎に来いって言っただうが。
今からでも遅くはない、霧崎に来るか?」
泣いてるさつきを見てため息をつき、古橋からさつきを奪って抱きしめた花宮はさつきに聞く。
「うちならお前を一人でウロウロさせるような事はしないし、何かあったらすぐに助けてやれる。
桐皇とちげぇ。
だから、うちに来るか?」

バァカとか言う割にはさつきの髪を撫でる花宮の手は優しく、他のレギュラーメンバーはそんな二人を目を細めてみていたけれど、さつきは泣きながら首を振った。

「ううん、桐皇にいる…
せめて青峰くんがバスケをもう一度楽しいと思えるまでは、桐皇にいる…」

キセキの世代のマネージャーはどこまで言っても幼馴染に献身的だ。

だったら、そいつがバスケを楽しいと思えるような、そんなゲームをしてやろう。
それがオレのお姫様に対する献身だ。
そう思いながら花宮はさらに強くさつきを抱きしめる。

「大丈夫だ、桃井。」
「そうそう、青峰大輝がバスケをまた楽しいと思えるようにさ。」
「オレたちが桐皇に勝ってやるから!」
「そうしたら霧崎に転校して来ればいい。」
そんな花宮を見ながら原も瀬戸も山崎も古橋もそんな日が来る事を心から願う。

うちのお姫様の献身が早々に報われますように。
そうしたらオレたちのお姫様への献身も報われるはずだから。

桐皇に勝って、青峰大輝に勝って、必ずお姫様を霧崎第一のものにする。
全員が改めてそう心に誓っていた。

END


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