黒子のバスケ
□特別な気分
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その日、桐皇学園は土曜日で朝からバスケ部の練習があったが、lineで連絡網が回ってきた。
『今日の練習は大雪の予報が出たから中止にします。
練習後、帰れなくなったら困るから。』
さつきはそれに
『分かりました』
と返事を返し、ため息をつく。
今日は練習の後で、こちらに来る用事のある『彼』が迎えに来てくれるはずだった。
でもこの雪じゃ交通機関もマヒして彼も来れないだろうなぁ、会えないのかなぁ、そう思うと切なくなる。
彼、氷室辰也とはさつきの中学時代の部活仲間、紫原敦を介して知り合った。
バスケを愛し、誰より努力するその姿にさつきは惹かれた。
氷室の方の気持ちは分からないけれど、彼はメールアドレスの交換に応じてくれた。
それだけでさつきは、とても嬉しかった。
その上、氷室はさつきがメールをすれば、必ず返事を返してくれた。
それがとても嬉しくて。
氷室の丁寧な返信にさらに惹かれて、気が付いたらこんなにも好きになってた。
だから一週間前
『次の土曜日、そちらに行く用事があるんだけど、会えないかな?』
とメールが来た時はもう天にも登る気持ちで即返した。
『大丈夫です、午前中は部活がありますが午後は空いてます!!』
それに
『分かった、それじゃ一時くらいに桐皇にむかえに行くね。』
と返事が入ってきて、さつきは小躍りしたあと
『待ってます♪』
とメールを返した。
なのにこの大雪だ。
神様って意地悪なんだなぁとさつきは思い、空を睨むけれども雪はこんこんと降り続ける。
だんだんと窓から見える景色が白く化粧をしていくのを眺めながら、さつきが氷室にメールをしようと思った時だった。
さつきの携帯がなった。
氷室からのメールの時だけ鳴る、特別な着信音。
さつきは慌ててメールを開く。
『雪がすごい降るみたいだね、こっちの方。
秋田は大雪が降るからオレは雪の中でも動く事に慣れてるけど、帝光の最寄り駅で電車がストップしてしてしまったんだ。
確か、さつきの家は帝光の最寄り駅からそんなに離れていないよね?
もし、桐皇の練習が中止になっていたら、そっちまで行くから行き方を教えてくれないかな?』
メールを打つのもまどろっこしくて、さつきは氷室の電話番号をタップしていた。
コール4回で氷室は電話に出た。
「さつき?
久しぶりだね、元気にしてたかな?」
久しぶりに聞く氷室の声にさつきの声も弾む。
「はい、元気です。
お久しぶりです、辰也さん。
あの、今日は桐皇の練習は中止になって、今、私家にいます。
すぐに駅にむかえに行きますね!
そこで待っててください!」
「いいよ、場所を教えてくれればオレがさつきの家に行くから。」
「うち、住宅街だから説明するの難しいし、それに早く辰也さんに会いたいんです!」
「それなら待ってるから、気を付けて来るんだよ、さつき。」
氷室の優しい声にさつきは満面の笑みを浮かべてはいと答えた。
ベージュとアイボリーのワンピースの上から襟元にファーの付いたベージュのハーフコートを羽織る。
そしてコートのウエストベルトをしめるとロングブーツに見える黒いレインブーツを履いて家をでた。
早く、会いたい。
焦る心を必死で抑えて、雪の中必死で歩く。
駅が見えてきた。
駅の前で立ってる氷室の姿も見えてきてさつきは笑みを浮かべる。
氷室は黒のパンツに黒い長袖のTシャツ、首元にはゆったりとライトグレーのマフラーを巻いて落ち着いた青色のハーフコートを着ていた。
「辰也さん!」
私服姿もカッコイイと思いながら声をかけると氷室もさつきに気が付いて笑顔になる。
そして黒い傘をさしてさつきに向かって歩いてきた。
「寒いね、鼻の頭が赤くなってるよ。」
「辰也さんは寒くないんですか?」
「秋田はもっと寒いし、もっと雪が多いから。
それに比べたらどうってことはないよ。
どこか、食事にでも行こうか。
実は行ってみたいと思っていたお店があったんだ。
この近くのショッピングセンターにあるから、一緒に行ってくれないかな?」
氷室の誘いをさつきが断るわけはなく、二人は自分の傘をそれぞれにさして並んで歩き始めた。
*
氷室が連れて行ってくれたのはショッピングセンターの中にあるイタリア料理のカジュアルレストランで、値段はリーズナブルだけれどおいしかった。
デザートまで食べて満足し、トイレにリップグロスを直しに行った隙に氷室は会計を済ませてしまっていた。
それじゃ申し訳ないと思ったけれど、自分が会いたいと言って会って、行きたいと思った店に連れて来たから自分が払うと折れない氷室に
「それじゃ、なにか飲みませんか?
それは私に出させてください。」
とさつきは言ってショッピングセンター内のカフェでさつきはカフェモカ、氷室はホットコーヒーを頼んだ。
雪がどんどん降り積もっていくのがカフェの窓から見える。
「辰也さん、これじゃ電車動かないだろうし、秋田に帰れないですよね?
どうするんですか?」
心配になったさつきに氷室は
「心配してくれてありがとう。
でも今日は親戚の家に泊めてもらう事になってるから大丈夫だよ。
親戚の家も、最寄り駅がここだし。」
と答える。
「泊めてもらうってもしかしてなにか予定があるんですか?」
「来年は大学受験だからね。
大学ではこっちに戻ってくるつもりなんだ。
それで、一人暮らしできるようなアパートを探そうかなと思ってね。」
「そうなったらいつでも会えるようになるんですね!」
笑顔で言ってからさつきはハッとする。
これじゃ自分の好意は氷室に駄々漏れじゃないかと思うけれど、氷室が
「そうだね。」
と笑ってくれたので微かに頬を染めつつもさつきは嬉しくなって頷いた。
*
それから二人はショッピングセンター内を見てまわり、外が薄暗くなった事に気が付いて帰ることにした。
本当はもっと氷室と一緒にいたい。
だけど氷室が泊まるのは親戚の家だし、遅くなるわけには行かないだろうとわがままを言う事はしなかった。
「送って行くよ。」
それでも残念そうな顔はしてたのかもしれない、氷室はさつきの髪をなでて傘を開く。
「おいで、さつき。
せっかくの雪なんだ。
オレは見慣れてるけど、こっちではなかなかこんなには雪が降らないだろう?
だから一緒に見るのもいいんじゃないかな?」
氷室は傘にさつきの入るスペースを開ける。
「オレの傘、大きいからね。
ぬれることはないと思うから大丈夫。
一緒に入ろう。」
その笑顔にさつきは自分の傘をたたんだまま、氷室の隣にそっとならんだ。
相合傘なんて幼馴染の青峰としかしたことがない。
そして青峰は
「お前体積とりすぎ!
オレの肩濡れてんだけど?!」
なんて失礼な事を言うけれど、氷室は何も言わずに自分の肩を濡らしながらもさつきの方に傘を傾ける。
「辰也さんが濡れちゃいますよ?」
「さつきが濡れるよりはその方が全然いいよ。」
さつきの質問に氷室が答えたときだった。
「ちょっといいですか?」
声をかけられ、二人は声の主を見る。
そこにはテレビカメラを抱えた男とマイクを持った男がいた。
「なんですか?」
氷室の眼光が鋭くなる。
普段は穏やかで紳士的な氷室だけれど、こういう姿を見るとやっぱりアメリカで長年育ってきただけのことはあるなとさつきは思う。
あちらでは自分で自分の身を守らないといけない場面が多々あっただろう。
そんな事を考えていたら、一瞬だけ怯んだマイクを持った男がすぐに明らかに作り笑いと分かる笑顔で
「○○テレビのものです。」
と言った。
「テレビがなんの用ですか?」
氷室の質問に男が
「この悪天候で電車も止まっちゃったし、デートするのも大変でしょう?
この大雪についてどう思いますか?」
と質問で返し、マイクを向けてきた。
「恋人といる時の雪って特別な気分に浸れてオレは好きです。」
惚れ惚れするような笑顔での答えにさつきの顔は真っ赤になる。
恥ずかしくなって両手で顔を覆ったさつきは
「恋人って…私達…付き合ってないじゃないですか…」
と小声で言っていた。
そうなれたらいいな、とは思うけれど言葉で言われた事はない。
恥ずかしいし嬉しいと共に戸惑ってもいるさつきの小声が聞こえたのか、マイクを持った男は
「え?
付き合ってないの?!」
と聞いてくる。
「そうです、まだ付き合ってない。
これから告白しようと思ってたんで。」
「え?」
さつきとマイクを持った男の声が重なるけど、氷室は男のことは気にした様子もなく
「行こう、さつき。
これでも告白のシチュエーションとか考えてたんだけどね。」
と傘をさしていない方の手でさつきの肩を抱き、歩き始める。
ぽかんとしてるテレビ局の人間にぺこりと頭を下げ、さつきも氷室の隣を歩く。
ショッピングセンターから離れ、住宅街に入ると道をまだ誰も歩いていないらしく、足跡一つない新雪が積もっていた。
暗い空から降ってくる白い雪は幻想的だ。
街灯に照らされて浮き上がるように見える。
さつきはそっと後ろを振り返る。
道には自分と氷室、二人の足跡しかない。
そこで急に氷室に抱き寄せられてさつきは目を見開いた。
「辰也さん…?」
「あんな形になってしまったのは残念だけれど、それでも今日はさつきに伝えたい事があって、それで会いに来たんだ。
これからもずっと、こうやってさつきと二人で歩いて行きたいと思ってる。
さつきが好きだ。
もしかしたら選手以上にバスケに真剣に取り組んでるかもしれない君を、いつのまにか女性として好きになってた。
だから、オレと付き合って下さい。」
さつきは氷室にギュッと抱きつく。
「私も大好きです、辰也さんが大好きです!
誰よりもバスケを愛して努力するあなたの姿を好きになって、あなたの全てを好きになりました。
だから、大学がこっちになるまでは遠距離恋愛になるけど、それでも大丈夫だから。
あなたが安心して戻ってくる事ができる場所に私がなります!」
いつの間にか、氷室が傘を離して両手で強くさつきを抱きしめていた。
空から降る雪が二人に降り積もる。
だけど二人とも、まったく寒さは感じなかった。
お互いのぬくもりが、とてもあたたかったからだ。
END