黒子のバスケ

可愛いお前が望むなら
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IHを終え、WCの練習に力を入れ始めた、9月の半ば頃、唐突にその事件は起きた。


青峰が練習に来ないのはいつものことなので、若松はキレていたが若松以外に青峰への怒りを口にするものはいない。
そもそも、青峰に怒るだけ無駄だ。
だから練習が終わった後の若松の怒りを今吉は流していたが、それでも収まらない若松の怒りがだんだん鬱陶しくなってきた。

それに気がついたらしい桃井さつきはさりげなく今吉と若松を離し、若松をなだめていた。
さつきに若松を押し付けた感じになってしまったが、まぁ仕方ない。
(この暑い中、若松とおると体感温度が10度は軽くあがるんや)
今吉は自分に言い訳しながら、自主練習の前に一度着替えに部室に戻る。

部室のドアを開けた今吉は目を瞠った。
部室が散らかっていたからだ。

全員のロッカーからジャージやシャツが引っ張り出され、私物の本や雑誌や持ち込んだお菓子やおにぎりやパンや飲み物が散らばっている。
桐皇学園のマネージャーは優秀な諜報部員だけれど、マネージャーとしても優秀で部室はいつもきっちりと整頓され、清掃が行き届いている。
そんなさつきに甘えていると言えばそれまでだけれど、特に自分達が片づけをしなくても綺麗になっている部室がこんなに荒れているなんて…。

普段は飄々としている今吉だけれど、さすがにこれには頭に来た。
どないすれば短時間でこんなに散らかるんや…!
ワシが部室出る時は綺麗に片付いとったで…!
だから今吉はすぐに体育館に戻り、部員を全員部室に呼んだ。
もちろん、部室を散らかした部員を見つけ、咎めるためだ。


だけど誰もが否定した。
そりゃ否定するだろう、だけどどこかに犯人がいるはずだ。

「今やったら外周100周で許したるわ。」
今吉は部員を見渡しながら、体感温度を−10度は下げる笑顔を浮かべる。
だけど誰もが黙ってる。

そしてさつきだけは散らかった部室を一人で片付けていた。

その手が止まる。

「え…なんで…?」
さつきの呟きが聞こえた今吉は自分の前に一列に整列させた部員を睨みながら
「桃井、どないしたんや?」
と聞いた。

「あの…私の制服のシャツとリボンタイが見当たらないんですけど…」

しばらくの沈黙の後、さつきが言った言葉に今吉は目を最大限に見開いて振り返り、他の部員達もぽかんとした顔でさつきを見ている。

「もう一度言うてみ?
何がないって?」

「せっ…制服のシャツとリボンタイがないです…」

さつきの涙声に今吉も部員も我に返り、さつきを見る。
全員のロッカーの扉は開け放してあり、その中に何も入っていないのは一目で分かる。
つまり、誰かがロッカーの中のものをここにぶちまけたのだ。

そしてさつきは床にぶちまけられたジャージやシャツを部員ごとに分けていた。
ということはぶちまけられたのはロッカーの中に入っているもので、それがないということはどういうことだ…?

さつきはさすがに夏なので、パーカーの下には制服のシャツではなくバスケ部のシャツに着替えていた。
ちなみにこの部室には内側からも鍵がかかるので、さつきが着替える時は鍵をかければいいと言うのでさつきも部室を更衣室として使っている。
シャツとリボンタイがない…どういうことだ?

呆然とする部員、さつき自身も泣きそうな顔で
「やだ、シャツとリボンタイどこ…?」
と探している。

「お前らも探し…」
今吉がいいかけた時、
「うぁぁぁ…っ!」
桜井良が叫んだ。

「なんやねん、桜井!!」
普段は控えめな桜井の叫び声に今吉は怒り
「うるせーよ、桜井っ!」
と若松も叫び、諏佐が小声で
「お前の方がうるさい」
とつっこむ。

しかし、桜井の指差すほうを見たさつきは真っ青になってたちあがり、彼女の中でおそらくは最も安全な男なのであろう桜井に抱きついていた。
「桜井くん、なにあれっ!」

「わかりませんっ、すみません、ボクにも分かりませんっ!」
謝りながら桜井はどさくさにまぎれてしっかりさつきを抱きしめる。

桜井羨ましい!!
そんな声にならない部員達の怒りは、今吉が
「なんやこれは…」
と床に落ちていた少女マンガを拾い上げたことで、霧散していった。

実はこの少女マンガ、桜井良の私物である。
キャラ弁制作が特技で趣味が漫画を書くことな桜井良は、少年マンガよりは少女マンガを愛読している。
その点、さつきと話が会うらしく、よく二人は漫画の貸し借りをしている。

今吉が拾い上げたマンガは、桜井がさつきに貸していたもので、今日部活前にさつきが桜井に感想を言いながら返していたのを多数の部員が目撃している。
話の内容はライバルや環境のせいですれ違いながらも強く想いあっている二人みたいなものらしい。
そのマンガの表紙には主人公の女の子と、主人公と想い合っている男の子が抱き合ってる絵が書いてある。

その表紙に書き込みがしてあった。
女の子の方には『さつき』、男の方に『オレ』と。

「………なんやこれ、やばい感じのヤツやないの?
なんか危ない感じがめっちゃするわ…、若松、監督呼んで来ぃや。」
今吉に言われ、若松はすぐに走って部室を出て行った。

かけつけた原澤は部室の惨状と、マンガの表紙と、真っ青になって桜井に抱きついているさつきと、さつきを抱きしめている桜井と、唖然とした部員の様子と、今吉からさつきの制服のシャツとリボンタイが盗まれたらしい事を聞かされ、前髪をいじりながら答えた。
「桃井さん、今日は僕が車で家まで送っていくので帰る準備をして下さい。
それからご両親には僕から話をしましょう。
明日からしばらくは誰かが桃井さんを家まで迎えに行って、帰りは送るようにして下さい。
君、なにか変わったことはないですか?
誰かに付けられているようだとか、頻繁に小物がなくなるとか、そんな事が。」

原澤の言葉にさつきは首を振る。

「変な手紙をもらったとか、そういうこともないですね?」
「ないです…」
か細い声で答えるさつきに
「分かりました。
帰りますよ。」
と原澤は言い、さつきは頷いて原澤と帰っていった。



今吉は青峰を戦力とはカウントしていなかった。
だから明日からのさつきの家への迎えのローテションは青峰を抜いて組んだ。
いくら個人主義桐皇といえども、カワイイマネージャーを守るためならチームプレーに走る。

とりあえず、明日は今吉がさつきを送り迎えし、翌日は諏佐、それから三年生が名前の順番でということになっていたが、その日の夜、今吉の携帯に青峰から電話があった。
さつきの両親から青峰の母、青峰と言う順番で話を聞いたらしい。
「あー、さつきの送り迎えはオレがすっから大丈夫。
んで、あと、赤司がキセキの世代を擁する学校で合同合宿したいってよ。
そこでさつきのストーカー?捕まえっからご協力をお願いします、費用は赤司財閥持ちですだってよ。」

青峰の提案にさつきと一緒に登下校ができなくなった事は残念なものの、他は異論はなく、六校合同の合宿が開催されることになった。

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