黒子のバスケ

君に寄り添って
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水戸部凛之助が彼女…桃井さつきを見かけたのは練習後に寄った本屋でだった。

水戸部は自分と共に家のことをしてくれる妹の千草がいつも読んでるマンガの発売日なのを知っていて、それを買いに行った。
家のことしてくれる千草への水戸部からの気遣いだ。

マンガを手にしてレジに向かおうとした時、水戸部はスポーツ関連の書籍のコーナーで背伸びをして必死で本を取ろうとしている桃井さつきに気がついた。
必死で背伸びをしてる姿はなんだか可愛らしい。

そしてそんな彼女に近づこうとしている三人組の高校生を見た水戸部は、その三人組があまり素行がよくなさそうだった事もあり、彼らより先にさつきのもとに向かい、さつきが取ろうとしている本を手に取ってあげた。

『効果的なスポーツマッサージ』と題されたその本。
そういえば青峰は肘を痛めたんだったな、その青峰のために読むのかな、水戸部がそう思った時、さつきが驚いたように振り返った。
そのさつきに向かって水戸部は本を差し出した。


「え?
誠凛の水戸部さん…?」
さつきは本を受け取りながら水戸部の顔を見た。
欲しかった本がなかなかなくて、さつきは自宅から5駅も離れた大型本屋まで来ていたので、知り合いと会うとは思わなかった。

驚いてるさつきに水戸部は声には出さないけれど
『この近所に住んでるんだ』
と思った。
思っただけだったのに、さつきは水戸部の顔を見て
「ああ、このあたりにお住まいなんですねー。」
と微笑んだので、今度は水戸部が驚く番だった。

「なんで分かったのかって…なんとなくです…」
しかもさつきがそんな事を言うので、水戸部はさらに驚いた。

確かに今そう思ったけれど、その疑問にさつきが答えるなんて。
自分の言いたいことを小金井以外に的確に理解してくれる人がいるとは思わなかった。

驚いてる水戸部に笑いかけたさつきが、水戸部の持っていたマンガ本に目を止める。
「あ、それ、妹さんにですか?」
なんで妹がいることを知ってるんだ、水戸部は再びそう思ったけれど、彼女は情報収集のエキスパートだった事を思い出す。
なんせカントクの胸のサイズまで知っていたくらいだ。
家族構成なんか簡単に調べるだろう。

そう思ったから黙って頷いた水戸部に
「私もこのマンガ、好きなんです。
主人公の女の子がものすごいイケメンに恋をするんです。
その女の子には寡黙だけれど優しい幼馴染がいて、彼女の恋の悩みをいつも聞いてくれる。
だけど彼、実は彼女のことが好きなんです。」
とさつきは言う。
このマンガそんな話だったのか、知らなかった…水戸部はそう思った。

「ご存知なかったんですね…というか、大体の人は読まないですよね。
大ちゃ…青峰くんは私の部屋に勝手に入ってきて、私の少女マンガ勝手に読むんですけどね…。」
それが分かったのかさつきは再び水戸部に微笑みかけたけれど、さつきの言葉に水戸部はそっと自分の左胸を抑えた。

なんでだろう、理由は分からないけれど、今、胸がちょっと痛くなった。
そんな水戸部に気がついていないのか、さつきは話を続ける。

「私はイケメンより、寡黙な幼馴染の方が好きなんですけどね。
男は黙って背中で語るべきです!
だって口でなら何でも言えるもん。」
さつきは拳を握り締めて力説している。
その姿が微笑ましくて、水戸部は胸の痛みを忘れて自分も笑っていた。

「でも、背中でも表情でも語ってくれないのは寂しいですけどね…」
なのに、今笑っていたはずのさつきはもう悲しげな顔をして手にしていた『効果的なスポーツマッサージ』 と書かれた本をそっと胸に抱いた。

ころころとあっという間に表情の変わる女の子だ。
カントクも表情は豊かだけれど、この子の様にあっという間にころころと変わるわけじゃないし、妹や弟達もここまで変化が激しくはない。

そして水戸部にも分かる。
彼女にこんな表情をさせているのは、おそらくは青峰大輝だろうということに。


黒子はプールで彼女と会った時、彼女に
「やっぱり青峰君と同じところに行ったんですか?」
と聞いていた。
黒子がそう思うくらい、彼女と青峰は親しいのだと思う。

「あ、勘違いしないでくださいね。
別に青峰くんを好きとかそんな事ないですよ!
幼馴染なんです、大ちゃんと私。
今でこそあんなかったるそうにプレーしてますけど、昔は本当に楽しそうにバスケしてたんですよ。」
水戸部の考えていた事が分かったらしいさつきは顔の前で激しく手を振って笑った。
だけどその笑顔の奥には悲しみが見えた。

なんでかは分からない。
だけど水戸部は思う。
自分が喜怒哀楽をあまり素直に表現できない方だから、素直に喜怒哀楽を表現するさつきを好ましいと思ったのかもしれない。

だから、そう思ったのかもしれない。
『悲しい時に無理に笑う必要はないよ。
そして君が悲しいと思った時、君のそばにいてあげたい。』
なんで、言いたいのに伝えられないんだろう?

水戸部がもどかしく思った時、さつきの携帯が鳴った。
「あ、ちょっとすみません。」
さつきは水戸部に断ってから携帯を手にする。

「もしもし、なんか用?」
電話をかけてきた人はさつきの親しい人らしいと水戸部は何となく思う。
口調が砕けている。

「はぁ?!
ふざけないでよ!
なんで私が堀北マイの写真集なんか買って行かなきゃいけないの、自分で買いに行きなさいよ!
青峰くんのバァーカ!!」
その様子を見ていた水戸部はさつきが怒ったように言ったので驚いた。

さつきはそんな水戸部の様子に気がつくことなく電話を切る。
そしてため息をついた。

電話の相手は青峰だったのか。
青峰は怒らせるか悲しい顔しか彼女にさせないんだなと思いながら、さつきの前に水戸部は自分の携帯を差し出した。
さつきはそれを見て一瞬だけ驚いたような顔をするが、すぐに笑顔になる。
「はい、アドレスと番号の交換しましょう!」
水戸部が赤外線受信の準備をすると、さつきが赤外線送信の操作をしてくれた。
水戸部の携帯にさつきの携帯の番号とメールアドレスが送られてくる。
水戸部はさつきのアドレスをタップし、メール画面を起動させるとメールを打ち込んでいく。


『悲しい時に無理に笑う必要はないよ。
そして君が悲しいと思った時、君のそばにいてあげたい。
だから何かあったらメールをくれれば、オレでよかったらそばにいることだけならできるから。
水戸部 凛之助』


さつきが水戸部からのメールを受信する。
それを開いたさつきは弾かれたように顔を上げて水戸部を見つめた。
水戸部はさつきに微笑みかけた。


「………私、そのマンガの主人公の幼馴染の寡黙な男の子が好きなんです。
イケメンくんはいつも耳障りのいい言葉を彼女に与えるけど、彼女が本当に辛い時や悲しい時に何も言わずに寄り添ってくれるような人じゃない。
だけど寡黙な男の子の方は彼女が辛い時、悲しい時、何も言わずに彼女の気持ちに寄り添ってくれる。
そばにいてあげるんです、何も言わないけれど。
私、ずっと、ずっとそんな人が欲しかった…。
私もそんな人がいてくれたらいいなって…いいなってずっと思ってて…おも…」

さつきは水戸部を見つめながら言う。
だけど徐々にその目は潤み、声も涙声になる。

そんなさつきを水戸部はそっと抱き寄せた。
本屋だということも忘れて。

さつきは水戸部に抱き寄せられてその体温を心地いいと思う。
人ってこんなにあったかかったんだよね…。
目を閉じたさつきは驚いて目を開ける。

小さな、小さな声だった。
だけどさつきには聞こえた。
口を開く事のない人がさつきにだけ伝えてくれた気持ち。

『君のそんな人になりたい…』
「なってください…」

涙と共にこぼれた言葉に水戸部が応えてくれる。

『オレが君に寄り添って、君が笑ってくれるならそれだけでいい…』
「あなたが寄り添ってくれれば、きっと笑えます…」
そう答えて、さつきは水戸部の背中にそっと手を添えた。

END


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