黒子のバスケ

薄羽蜉蝣・壱
2ページ/10ページ

大奥の朝の惣触。
将軍である桃井さつきの隣にいるのは正室の青峰大輝。
目の前にいるのは大奥総取締の花宮真。
その脇に控えているのは側室の緑間真太郎に紫原敦に黄瀬涼太に黒子テツヤ。

いつもと変らないはずの光景だけれど、さつきの顔は険しかった。
「本日、新しい側室の赤司征十郎様が京より到着予定です。
公家の赤司家の次男様ですから…」

総取締の花宮の話をさつきは遮った。
「軽んじてはならないでしょう?
分かってるわよ、言われなくても。
これから一ヶ月はその赤司くんの部屋に通えばいいんでしょ?」
さつきは無表情だったけれど
「赤司様のお部屋に通うのは月のものが終わってからです、上様。」
と答えた総取締の花宮を睨みつけ、立ち上がった。
「もう戻るわ、政務があるもの。」

怒っていても歩く姿すら美しい将軍を見送り、花宮は
「お部屋は別御殿になりますが、将軍御台所はあなた様です。
分からない事があれば教えてあげてください。」
と今度は青峰に告げた。

「京の公家と武家じゃ習慣が違いすぎるだろ、教えてやれることなんかねぇよ。」
青峰はそう言って立ち上がる。
「部屋に戻るわ。」

新しい側室がくる。
そのことが青峰には重くのしかかってきた。

青峰だけじゃない、緑間、紫原、黄瀬、黒子の4人の側室も複雑な思いだった。



この国を治める桃井家では、将軍の跡を継ぐのは桃井家の血が入っていれば男女どちらでもよく、将軍を継いだ人の性別に合わせて大奥は作り変えられる。

桃井さつきは七代目の将軍だ。

さつきには兄と弟がいて、三兄妹だった。
三人とも見た目が麗しく、頭もよく、武芸にも秀でていて、性格も将軍とは思えないほど謙虚で城内や町内の人々からの人気が高かった。
そしてさつきには幼馴染が二人いた。
青峰大輝と花宮真。
どちらも父親が先々代将軍…さつきの父親の重臣だった。

さつきは兄と弟がいて自分が家を継ぐことになると思っていなかったから将軍家姫君なのに花宮や青峰と城内を走り回っている元気な子供だった。

だけどさつきの弟は先々代将軍より前にはやり病で亡くなった。
すでに正室に先立たれていた先々代将軍は末っ子の逝去に気落ちし、後を追うように亡くなってしまい、さつきの兄が将軍を継いだ。

だけどその兄は殺された。
将軍になって一ヶ月目、食事に毒が盛られて死んだ。

さつきの母親はさつきが11才の時に亡くなり、さつきの弟はわずか15才で亡くなり、父である将軍も亡くし、兄は正室を迎える前に20才で亡くなり、17才のさつきが将軍を継ぐことになってしまった。
大奥は女性から男性に移行し、大奥総取締には花宮真が就任した。

その花宮が一番にしたことが、さつきに正室を迎えさせる事だった。
朝廷との結びつきを強めるため、通常は正室は京から迎えるが、朝廷が力を持つのを防ぐため、形だけの正室で子供を産ませることはさせない。
それが大奥総取締が代々密やかに受け継いできたことで、花宮もそれを実行しようとした。
その相手にと花宮が思っていたのが公家の中でも力をもつ、赤司家の次男、赤司征十郎だった。

だけど事態は一変する。
さつきの兄を殺したのは青峰の父親じゃないか、まことしやかにそんなうわさが流れ、青峰の父は自身の潔白を訴えて自害した。

さつきは幼馴染の青峰を守りたかった。
だから、青峰を正室に迎えてしまった。
将軍正室になってしまえば、誰も青峰に手を出せない。

だけど青峰には女性を妊娠させる事ができない。
子供の時のはやり病のせいで、そういうことはできても妊娠までには至らないとの診断が医師から下された。
なのに伏魔殿大奥で自身の子供を持つ事が絶対に叶わない青峰が、それでも正室として自由に振舞っても誰にも咎められないのはさつきが青峰のために心を砕いているからだ。
さつきにあるのは幼馴染を守りたいという親愛の情でしかないけれど。

しかし青峰は幼い頃からさつきを一人の女性として好きだった。
花宮はそのことを知っている。
だから最近の青峰は荒れている。
男としてはさつきに愛されていないことに苛立っているのだろうと花宮は思う。

それに花宮は青峰との間に子供が望めないことを知り、だけどさつきには子供を産んでもらわなければならないので次々と側室を送り込んだ。
そしてさつきが妊娠した際に誰の子かきっちりとわかるように、月のものが終わってから次の月のものがくるまでの間に一人の人間との夜伽しか認めないようにした。

青峰は例外だ。
妊娠させる能力がないから、いつ将軍が青峰の元にわたっても問題はない。

けれど絶対に子供が望めない自分と違い、側室たちはそんなことはない。
そしてさつきが妊娠すれば、妊娠させた側室はこの大奥でおそらくは正室をもしのぐ権力を持つはずだ。
次期将軍実父になるのだから。

しかも、側室は御殿医の息子で自身も医者であった緑間真太郎、紫原敦と、黄瀬涼太と黒子テツヤはそれぞれが御家門と呼ばれる家柄の息子とそれぞれ青峰以上の家柄と出身のうえ、当初は花宮が正室にと考えていた赤司征十郎の奥入り。
本来なら正室になるべき家柄の側室は大奥や中奥の人々が下にも置かぬ扱いをするだろう。

花宮だって分かってる。
何より優先すべきは赤司征十郎だということが。

さつきの幼馴染であるというだけの後ろ盾しか持たない青峰にとって、おもしろくないはずだ。
花宮は青峰の後姿を見送るとため息をつくのを堪えて
「赤司様を迎える準備を。」
と告げて立ち上がった。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ