黒子のバスケ

恋人は女神様
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それはIHが終わり、洛山の優勝と桐皇の準優勝が決まった翌日のことだった。

ベスト8で神奈川に帰ってきた海常にはもう、IHは関係ない。
海常が目標にしているのは次のWCだ。
次こそは優勝する、そんな決意を胸に厳しい練習をしていた海常高校のバスケ部のメンバーは、休憩になって初めて気が付く。
体育館の中には黄瀬のファンの女子が何人かいるが、そんな中でも目を引く一人の少女に。

「桃っち!」
黄瀬はその少女に向かって叫んでいた。
そこにいたのは桐皇学園バスケ部マネージャーの桃井さつきだった。
制服姿の彼女は黄瀬に声をかけられ、やっと笑みを浮かべた。
だけど笑ってるのにどこか遠慮がちだった。

「きーちゃんの膝、大丈夫かどうか気になって。
それだけ知りたくて、来ちゃったの。」

「大丈夫っスよ、もう。
笠松先輩、少し時間もらっていいっスか?」
黄瀬はさつきに向かって笑った後、笠松にそう聞いた。

彼女がキセキの世代のマネージャーだった事は笠松も知っている。
いくら今は桐皇学園のマネージャーで自分達に勝ったとしても、それを離れた時に中学時代の同級生として黄瀬と何か話したいことがあるのかもしれない。

笠松が
「ああ。
30分だけな。」
と答え、それを聞いたさつきが慌てて顔の前で手を振る。
「いえ、そんな、大丈夫です、笠松さん!
黄瀬くんの足が大丈夫だって分かったんで、もう帰ります。
きーちゃん、大丈夫って言ってもWCあるし、無理はしないでね。」
さつきは黄瀬に笑いかけ、笠松に頭を下げた。


そのさつきの腕をいきなり森山が掴んだので、海常のバスケ部のメンバーは目を見開く。
さつきも森山が自分の腕を掴んでいる事に気が付き、困ったような顔で
「あの…」
と森山を見る。

そのさつきに森山はにっこりと笑いかけた。
森山の性格が残念なことは海常バスケ部の誰もが知っている。
だけど桃井さつきはそんな事は知らないはず…というか、そうであると思いたい。
そして森山の残念な性格を知らない人にとっては、にっこりと微笑めば、目元が涼やかで顔だちも整っている森山はなかなかにいい男に見えると思う。

さつきもそんな森山の笑顔に
「あの…えっと…」
何ていいながら頬をほんのりと染めていた。

そのさつきの腕を離し、森山は今度はさつきの手を取って跪いた。
「えっ?!
あの…きーちゃんっ…」
さつきはいきなり森山に跪かれ、助けを求めるように黄瀬を見るけれど、森山がこうなると止められない事は分かっているので黄瀬は黙って首を横に振った。

さつきは困ったように森山を見ている。
その森山はさつきを見上げ
「あなたを一目見た時、オレは天使が地上に降りてきたのかと思った。
だけど、黄瀬を心配するあなたは天使なんてものじゃない。
それよりももっと尊くて、美しくて、そうだな、女神…そう、女神だ!
こんなに美しい女神に出会えたことを、オレは神に心から感謝したい…!」
と言った。

さつきは目を丸くしている。

「女神に出会えたことを神に感謝っておかしくないっスか?」
黄瀬は森山のくどき文句に首をかしげ、隣で森山を見ている中村に聞く。

「森山先輩のあれは今に始まった事じゃないだろう…。」
中村は呆れたように言った。

「も(り)やまさん、すごいっス!
ナンパはああす(れ)ばいいんスね!」
感心してる早川に黄瀬と中村は思わず口をそろえて言っていた。
「「いや、それちがう。」」

だけど小堀が
「あの子、顔赤くしてんだけど…」
と言ったので黄瀬はさつきを見て目と口を最大限に開いてしまった。

目を丸くしていたはずのさつきは確かに、頬を赤くし、潤んだような目で森山を見ている。

桃井さつきの容姿はかなりいいと思うし、スタイルだって抜群にいい。
中学時代から何人もの男子にさつきが告白されているのは黄瀬も知っているけれど、さつきはそれを全て断ってきた。

彼女があんな風に頬を染めるのは黒子テツヤの前でだけだったはず…。
なのにいま、さつきは確かに頬を染めて森山をボーっと見つめている。

「黄瀬、あの子、森山に惚れてるとかか…?」
笠松は黄瀬に聞いていた。

笠松には桃井さつきは強かな女の子に見える。
彼女のスカウティング能力は海常だって欲しかった。
だから武内は黄瀬をスカウトする時に彼女の事もスカウトした。
結果は断られたけれど、それほどのスカウティング能力を持つのだから、バスケには真摯に真剣に取り組んでるはずだ。
だからこそ、誠凛戦でも海常戦でも彼女は手を抜かなかった。
昔のチームメイトに対して一切の情をかけずに、桐皇のためにデータをフルに活用した。

そんな女の子が森山のくどき文句なんかに赤くなるだろうか?
しかもあんなに可愛ければ、そんなの言われなれてるはずなのに…。

そう思った笠松は、さつきが
「どうしよう…そんな事言われたの初めて…やだ、恥ずかしい…けど嬉しい…」
と俯いたので、目を見開く。

「なんか、いい雰囲気になってるなぁ…よかったなぁ、森山に恋人ができるかもしれないぞー。」
小堀はニコニコと人のいい笑顔を浮かべている。

「桃ーっち!!」
黄瀬は思わず叫んでいた。
その声に森山とさつきは黄瀬の方を見る。

黄瀬は焦ったような顔で二人の下に近寄ってくると、その手を離した。
「桃っち、目ぇ覚まして!
その人は黒子っちじゃないっスよ!」

「テツくんには振られたの…。」
黄瀬が黒子の名前を出した途端、さつきの目は別の意味で潤んでしまった。
黄瀬は地雷を踏んだらしい。
慌てて
「桃っちを振るなんて…」
と黄瀬がさつきが慰めようとした時、森山が立ち上がってさつきの目じりに滲む涙をそっと拭った。

「君みたいに美しくて優しくて綺麗で可愛い子を振る男がいるなんて、オレには信じられないな。
だけど、そのお陰で君は今、フリーじゃないか。
これは運命だと思う。
オレと君は出会い、恋をする運命だったんだ。
だから、これからはオレと恋をしよう、オレの女神。」
森山はさつきの手を取ってその手に口付けた。

さつきは真っ赤になる。
テツくんに振られたばっかりなのに…。
この人のこと、データ上は知ってるけど実物のこの人のことは全然知らないのに…。

なのに…さつきは
「はい、よろしくお願いします。」
と言っていた。

男子にモテそうで、その実まるっきり恋愛経験のないさつきは口説かれたどきどきを恋が始まったどきどきだと思った。


さつきの
『はい、よろしくお願いします。』
の意味を海常のバスケ部が理解したのは二分後のこと。

森山の大げさなまでのくどき文句に頷く女子がいるなんて、笠松にも小堀にも早川にも中村にも黄瀬にも信じられなかった。

頬を染めたさつきと、にっこりと笑っている森山がみつめあってる様子を見ても、それが夢かなんかにしか思えなかった。
だから笠松は黄瀬に全力で蹴りをお見舞いした。

「うぁぁぁぁ!
何するんスかぁ、笠松先輩!!
痛いっス!!」
黄瀬が泣きながら笠松に抗議する。

「いてぇのか、やっぱり夢じゃなかった…」

「確かめたいんなら自分のほっぺたつねって欲しいっスよ…」

「そうだぞ、笠松。
それじゃ黄瀬が可哀想だ。
それにしても…森山に恋人ができてよかったな!」

「小堀先輩、あんたいい人っスね…。
オレ、桃っちに恋人なんていやっス…。
桃っちの恋人は黒子っちか青峰っちか赤司っちか緑間っちか紫原っちじゃないと許せないって思ってたのに…」
ぐすぐす泣く黄瀬に小堀はそっと新しいタオルを渡してやる。

「そうか、ああす(れ)ば恋人できるんスね!
オ(レ)も今度ああしてみよう!
勉強にな(る)っス、も(り)やまさんっ!」
拳を握り締めている早川。

「あれは特殊な例だと思う…
なんでだろう、あんなに可愛らしい人がなんであんな詐欺まがいの言葉に絆されてしまうんだろう?
可愛すぎて逆にもてなかったのかな…?」
と中村は首をかしげている。

「まぁ、恋人ができれば、もう試合会場で森山が女の子ばっかみなくなるならそれでいいや…」
心底疲れた様子の笠松。

その様子に部員達は笠松の苦労の種が一つ減ったことを喜ぼうと思った。

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