黒子のバスケ

最後の恋に落ちていく
1ページ/3ページ

桃井さつきは久しぶりの日曜日の休みを青峰大輝と共に過ごしていた。
青峰がバッシュを欲しいと言ったからだ。

だけどバッシュを見た後、ちょっとした事からいつもみたいな些細な口論になって。
いつもと同じささいなことだったのに、その日がうだるような暑い日だったせいか、青峰もさつきもいらいらしていて、その結果お互いに謝る事もなく、別行動を取った。

それがまずかったとさつきが気がついたのは別行動を始めてすぐ、しつこいナンパにあったからだ。

何度断ってもしつこい男にいい加減に頭に来て大声で叫ぼうかと思った時
「おい、こいつ嫌がってんだろうが、しつけーぞ。
あんましつけーと轢くぞ。」
という声がして、さつきもナンパ男も声のした方を振り返った。

そこにいた人をさつきは知っている。
秀徳高校バスケ部の三年生でSFの宮地清志だ。
さつきは彼のことを知っている。
アイドルのファンだということも知っている。

だけど実際に推しメンのうちわを持ち、眉間に皺を寄せて
「しつけーと轢くぞって言ってんだろ、消えろ。」
といってる姿は彼女が知る、バスケをしている宮地清志と違いすぎて唖然としてしまっていた。

持ってる袋はCDショップのもので、ずっしりと重そうだし…。
きっと同じCDが何枚も入っているんだな。
そんな事を考えていたら、いつの間にかしつこいナンパ男は消えていた。

「おい。」
そのことに気が付いたのは、宮地が声をかけてきたからだ。

「あの、ありがとう…」
言いかけたさつきは宮地が
「あんた、どっかで見たことあんな…?
あ、もしかしてこれからデビューするアイドルとかか?
あんたならきっと売れると思う。
頑張れ!」
と笑顔で手を差し出してきたので反射的にその手を握っていた。

(さすがアイドル、手も綺麗だな…でも少し荒れてるな…)
さつきと握手を交わした宮地はそんなことを思い、さつきの手を離すとCDショップの袋からハンドクリームを取り出す。
CDショップでCDを買った後、その隣のドラッグストアでハンドクリームを宮地は買っていた。

緑間は気に食わない後輩だけれど、でもバスケにかける思いは真剣で、そこに関しては尊敬している。
その緑間がシュートを打つ手をすごく大事にしているのを見て、宮地も手とつめの手入れをするようになった。

それでハンドクリームも常備している。
今使っているものがそろそろなくなりそうなので、ついでにと思って買っておいたものだ。
宮地は男なのでいい香りがするとか、パッケージが可愛いとかそんな事でクリームを選んでいない。
ごくごく普通のビタミン入りの味も素っ気もないパッケージのハンドクリームを購入した。
女の子に渡すにはかわいらしさが足りないと思うが、ないよりはましだろう。

宮地はそれをさつきに向かって差し出した。
「綺麗な手してんのに肌が荒れててもったいねーぞ。
せっかく親に綺麗に生んでもらったんだからもう少し大事にしてやれ。
これ、やるよ。」

「え?」
さつきは自分の手が荒れていることは自覚している。
どんなに手入れしても日々の水仕事でどうしたって手が荒れるから、手入れをサボっていた事は否めない。
それを指摘された事が恥ずかしくてさつきは頬を染めながらそれを受け取っていた。

「すみません、ありがとうございます。」

「それじゃあな。
あんた、アイドルになるくらい可愛いんだからその辺一人でほいほい歩き回ってないで早く家に帰れよ。」
宮地はそう言って歩き始めた。

「ペン持ってたらサインもらってたのに…」
と宮地がつぶやくのが聞こえ、この展開に呆然と宮地を見送るしかできなかったさつきは、初めてそこで笑みを浮かべた。

「面白い人…」
遠ざかっていく宮地の背中を見つめ、さつきは呟く。

「だけど、なんだかすごくかっこいいなぁ…」
あんなこと言ってくれる人はさつきの周りにはいなかったし、ハンドクリームをくれるような気遣いをしてくれる人もさつきの周りにはいなかった。

「私を見かけたのはきっと、公式戦の会場でだと思うけど…アイドルだと思うくらい、本当にアイドル好きなのね…。
でもいいなぁ、素敵な人だなぁ…。」

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ