黒子のバスケ

春宵道中
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「桃花太夫、そろそろ起きてください。」

自分の座敷で寝ていたさつきは障子の開く音とかけられた声に意識を浮上させた。

「おはよう、良くん」

声をかけてきたのは桐皇屋の廻し方の一人、桜井良だった。

「桃花太夫なんてよばないでいいよ、さつきで。」

寝起きなのに彼女の目はパッチリと大きく、化粧をしていなくても綺麗な肌とふっくらとした桜色の唇のさつきを見て、桜井はさすがに桐皇屋の太夫に本来なら新造出しの15の年でなっただけのことはあると思う。

それくらい彼女は綺麗なのに、お高くとまったところもない。
廻し方の自分にも優しい。
だから自分も彼女に優しくなる。

桜井は袂から金平糖の小さな袋を取り出してさつきに差し出す。
「頂き物で申し訳ないんですけど、よかったら食べてください、さつきさん。」

「いいの?!
ありがとう!」
桜井の言葉にさつきは寝巻き代わりの簡素な浴衣姿のままで桜井に近寄ってくる。
あわせて帯を簡単に結んだだけの浴衣は大きく開いていて、胸の谷間が見えている。
桜井は顔を真っ赤にしてそこから目をそらし
「喜んでもらえてよかったです!」
と答えた。

「うん、ありがとう、可愛いしおいしそう!」
さつきは満面の笑みで桜井に礼を言う。
桜井はその笑顔を見て、二日分の昼食を抜いてもこの金平糖を買ってよかったと思っていた。

そこに
「桜井、何してるんだ、遅い!
桃花太夫、髪結いの福井さんもう来てんぞ!」
という大声と共に障子を開けて入ってきたのは桜井と同じく廻し方の若松孝輔だった。

「えー、健介さん早いねぇ…」
「お前、今日、赤司の旦那に揚屋に呼ばれてんだろ?!
道中になる。
昼見世は出なくていいから用意しとけって言われてんだろ?」
若松にいわれ、さつきはそうだったと舌を出す。

いつも声が大きく、ともすると怒っているように見られがちな若松が柔らかい顔で微笑み、さつきに
「布団はたたんでおいてやるから早く準備しろよ。」
と告げる。

「ありがとう、孝輔さん!
あ、この間、少しのどが痛いって言ってたでしょう?
昨日、緑間医師がいらした時に喉にいい粉薬くれたの。
よかったら飲んでね。
良くんにはこれ。
薬湯をどうぞ。
たくさん頂いたから、みんなで飲んでね。」
さつきは枕もとのはこせこから薄い包み紙を取り出すと桜井と若松に渡して起き上がって伸びをする。

その動きに合わせて胸が揺れるのが分かって、桜井も若松も頬を染めたけれど、さつきは気にした様子もなく、布団のある座敷から普段、生活している座敷へと移って行く。

さつきはもう一つ、客を迎えるための座敷を持っていて、三つの座敷を持っている破格の待遇を受けている。
それはこの桐皇屋始まって以来最高の太夫だと名高いためだ。

何しろ彼女が売られてきた時、楼主が
『まるで春に咲く桃の花みたいに美しい』
と感嘆し、それで桃花と名づけられたというのだから。
見た目の美しさと、高い教養。

よく、京島原の太夫に、江戸吉原の張り持たせ、長崎丸山の衣装着せ、大阪新町の揚屋にてあそびたしなんて言われるが、さつきは一人でそれを全部満たしてると言われる。

桐皇屋の桃花太夫と言ったらその名前は江戸だけではなく、全国にある花街で知られている。

さつきの後姿を見ながら桜井も若松も同じことを言っていた。
「本当に綺麗だなぁ…桃花太夫…」

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