黒子のバスケ

□The bullet of love
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腕を掴む男の手を振り払い
「誰かとお間違えじゃないですか?」
とさつきはにっこりと笑うと足早に歩き出す。

歩きながらそれでも男が自分の後をつけてくる気配を感じて、さつきはスマホを取り出した。
「赤司くん?
一週間くらい前に赤司くんに言われてホテルで会った人と偶然出会ってしつこくされて困ってるんだけど?」
男に聞こえないように小声で電話相手…赤司征十郎に告げながら、さつきは顔を顰めていた。


桃井さつきは、施設で育った。
その施設でさつきは赤司征十郎、緑間真太郎、紫原敦、黒子テツヤ、黄瀬涼太という同じ年の子供達と出会い、仲良くなった。
成長した今、さつきは彼らと共に裏の世界で生きている。

赤司は今、裏の世界では名前の知られた『帝光』というジャパニーズマフィアのトップで緑間も紫原も黒子も黄瀬もさつきもそこの幹部だ。
とはいえ、帝光は麻薬とかそんなものに手を出したりはしない。
むしろそういうものを流す組織を撲滅していくことが目的だったりする。
そのためならさつきは自分の体を使う事も厭わない。

帝光の幹部6人はみんなルックスがいいし若い。
そしてそれぞれが自分の武器を使って組織を大きくしてきた。

さつきの武器は情報収集力と、自分自身だ。
『女』だということと、『女として恵まれたルックスとスタイル』が自分の武器だと分かっているし、それを使う事に躊躇がない。
未だに緑間も黄瀬も紫原も黒子もそれだけは止めろと言うけれど、さつきはやめる気はない。
赤司だけがそれを認め、むしろ利用する事もあるけれど。

一週間前、さつきは赤司の命でとある情報を得るために男と寝た。
その男と、今日はオフで一人で買い物を楽しんでいたさつきは偶然会ってしまったのだった。
あの一回がどうしても忘れられなかったらしい男が、赤司に何度もまたさつきと会いたいと言ってきているのをさつきは聞いていたのに、気を抜いていた自分のミスだ。

ただ、あの夜は着飾ってヘアメイクもしっかりとしていたけど、今日のさつきはナチュラルなメイクに髪も下ろしてるだけで、着ているものもシンプルなワンピースだから人違いで押し通せる、そう思ったが男も大概しつこい。
それでさつきは赤司に助けを求めた。

「そうか…しかしさつきと寝た男は必ずさつきにはまるな。
一度、どんなものなのか僕も経験してみたいものだよ。」
笑いを含んだ声の赤司にさつきは眉を吊り上げていた。
「くだらないこと言わないでよ。」

「そんなに怒るな、今、真太郎にも睨まれてるんだから。
それでどこにいるんだい?
すぐに敦を…」

赤司が言い終わるより前に、スマホが取り上げられ、さつきは目を丸くして後ろを振り返る。
あの男がさつきの真後ろにいてさつきのスマホを放り投げ、さつきの肩をつかんだ。

「何をするんですか?」
「人違いじゃない、あの時の女は絶対にアンタだった!
あの時の女もアンタも首筋に小さいほくろがあった。」

電話をしていたせいか、気がつくとさつきは人通りのない裏路地に入り込んでいた。
それで男は実力行使に出たらしかった。

「人違いだって言ってるでしょう?
しつこいですよ。」
男の手を振り払い、ほくろという証拠を突きつけられてもしらを切るさつきに男はイラッと
したらしい。
「絶対にあんたはあの時の女だ!」
と叫び、さつきのワンピースの上から胸に触れようとした。

「はい、これで正当防衛ですねー。
女だと思って舐めないでよね。」
さつきは妖艶な笑みを浮かべた。
男がその笑みに飲まれた瞬間、さつきは男の手を掴み、捻りあげた。
「いたたた…!」
「護身術は一応一通りマスターしてるのよね。」
さつきはそのまま男を投げ飛ばした。
地面に叩きつけられ、男は目を回している。

「もう、だからしつこい男って嫌い。」

ある程度成長すると、さつきは施設や学校で男子からは付きまとわれ、女子からは妬まれる事が多かった。
そういう時に自分を守ってくれたのは赤司や緑間や紫原や黄瀬や黒子だったが、僕達はいつもさつきのそばにいるとは限らない、そう言って赤司はさつきに護身術を教え込んでくれた。
帝光の幹部になった今もさつきは練習をかかしたことはない。
むしろ、今の方が護身術は必要だし。

さつきは男を見下ろすと男が放り投げたスマホを探す。
それに思ったより時間がかかり、やっと見つけたスマホを手にしてまだ通話が繋がっている事を確認して、ほっと息をついて、大丈夫か、さつき、さつきと珍しく取り乱した赤司や緑間の声がするスマホを耳に当てた時、目の前に投げ飛ばした男が立っていた。
目が血走っている。
「ふざけるなよ…」
男はいつの間にかナイフを手にしていた。

「だからしつこい男は嫌いなのよ。」

さつきが呟くのと、男が自分に向ってナイフを繰り出してくるのはほぼ同時だったが、ダテに裏社会の組織で女だてらに幹部をつとめているだけの事はある。
さつきはとっさに避けてすぐに男の足を払った。
「っっ…!」
だけど男も転びながらナイフを振り回した。
それを避けた拍子に、さつきも体制を崩した。

「ああもう、ヒールなんか履いてくるんじゃなかった!」
10センチの高さのパンプスを脱ぎ捨てた時、男も立ち上がった。

「ふざけんなよ…」
男が再びさつきに向ってきた時
「おいっ!」
男の声がしたと思った瞬間、何か黒いものがさつきの目の前を横切った気がした、と思ったらあっという間に男は倒れ、その男の手に手錠をかけている色黒な男がいた。

「銃刀法違反の現行犯で逮捕だ。
あんた、大丈夫か?」

男に手錠をかけ、さつきを振り返った男は人相が悪く、現行犯逮捕の言葉がなければ、さつきはこの男を犯罪者だと思っただろう。
だけどこの男は刑事だ、さつきは瞬時にそう判断した。

このしつこい男から助けくれたのはありがたいけど、刑事と関わるのもメンドクサイ。
さつきは
「はい、大丈夫です。
助けてくださってありがとうございました。
では、私は急いでるのでこれで。」
とこの場を去ろうとした。

「いやちょっと待ってって!
この男とアンタの関係っつーか、まぁアンタにも色々聞きたいことあんだけど?
オレは警察庁組織犯罪対策部の警部補、青峰大輝だ。」

組対の刑事?!
それじゃ私達の天敵みたいなものじゃない?!
さつきは
「知らない人です。
誰かと私を間違えて絡んできて、人違いだって言ったら襲い掛かってきたんです。
怖かったんです…もう帰りたいの…」
と涙目になって青峰大輝と名乗った男を見た。

自分のこの演技が通用しないのは赤司と黒子くらいだ。
長い付き合いの緑間と紫原と黄瀬だってさつきが涙ぐんで見せれば、それが演技だと分かってはいてもさつきのお願いを聞いてしまう。
だから帰っていいと言われるだろうと思ったさつきだが
「分かった、それじゃオレが家まで送るわ。
ちょっと待ってろ、あ、諏佐さん?
聞き込みの最中に男に襲われた女助けて、男逮捕したんだけど、女が怖かったっつーから家まで送ってくわ。
だから男の身柄確保頼むわ。」
と男は誰かに電話をかけ始めた。

さつきはちょっと効き過ぎたかな、演技がと思いながらため息をつき、耳に当てなくてもざわめきが聞こえるスマホに向って
「ごめんね、大丈夫。
何とかなった。」
と告げて一方的に通話を終えた。
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