黒子のバスケ

金曜日の情事
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今も青峰は赤司の言う事は分からないと思う。
だって青峰の『浮気』は水曜日とか関係ないから。


高校を卒業してすぐにさつきと入籍だけして、さつきを日本の大学に残して単身アメリカに渡った青峰はNBAで活躍する選手になった。

さつきは大学の四年間は色々な勉強を必死でしたらしい。
英語教師の資格、秘書検定二級、同時通訳…アメリカで青峰と共に生きていくための能力を身につけた。

青峰には言えないけれど、さつきはバスケしかない青峰がもしバスケができなくなった時に自分が青峰を養っていけるだけの生活力を身につけたいと思い、自分の長所を生かしての秘書検定や教師資格を取得していた。

青峰はそんな事は知らなかったし、そもそも自分がバスケができなくなる日が来るなんて思ってもいなかった。

それは大学を卒業したさつきがアメリカの青峰の元に来て一緒に暮らし始めて三年目のことだった。
試合中の接触プレーがもとで青峰は怪我をした。
手術もしたけれどひざの鈍痛が続き、思うようにプレーができなくなった。

さつきはリハビリや理学療養の本を読んで青峰の復帰のために尽力してくれたけれど、チームから戦力外通告を受けると青峰は完全にやる気を失ってしまった。
誰よりバスケを愛していたから、そのバスケを思うようにできなくなる事が辛かった。
さつきに当たって、手を上げてしまったこともあった。

NBAには火神もいる。
怪我をした自分と違い、はつらつとプレーする火神の姿を見るのも辛かった。

そんな青峰の心中を察したさつきが
「日本に戻らない?
ほら、湯治とかあるじゃない?
すこしあっちでのんびりすれば、痛みも取れるかもよ?」
と言ってくれて、青峰はさつきと共に日本に帰った。

青峰に治療に専念してもらうためには治療費が必要になってくる。
それでさつきは働かなければならなかった。

だけどさつきは青峰大輝にもう一度バスケをしてもらうためには、どんな苦労だって苦労だと思わなかった。

医者になっていた緑間からスポーツ選手を専門に見る医者を紹介してもらい、さつきの仕事は赤司が赤司財閥で社長秘書として雇ってくれる事になった。
ちょうど赤司の秘書をしていた年配の女性が定年退職になり、新しい秘書を探していたけれど赤司財閥の跡取りに粉をかけるのに必死で仕事をおろそかにする秘書ばかりだと頭を抱えていた赤司にとってちょうどいいタイミングだった。

さつきは優秀だ。
忙しい赤司のスケジュール管理からなにからなにまで完璧にこなすさつきは、すぐに赤司にとってなくてはならない存在になって、残業が続くようになった。

確かにさつきの給料はすごくいい。
青峰が治療に専念しても何の問題もないほどの金額を稼いでくる。

だけどさつきに『養ってもらってる』ことは青峰のプライドを傷つけた。

さつきと過ごす時間が減った事も、青峰は面白くなかった。

分かってる、さつきが自分を愛しているからこそ、自分のために頑張っている事は。
だけどそれでも、青峰は面白くなかった。
全てが面白くなかった。

だから自分のファンだと言ってくれた病院の看護師と関係を持った。
一度きりのはずだったけれど、さつきは相変わらず忙しいし、青峰は一人の時間をもてあまし、結局その人との関係を続けている。


今も、ホテルのベッドの中で青峰の隣にはその看護師がいる。

「そういえば青峰さんの奥様って、今朝の経済誌に載ってましたね。
赤司財閥の副総帥の秘書なんでしょう?
経済界の有名人を支える人って特集で写真つきで出てましたよ。
すごく綺麗な方ですね、青峰さんとは幼馴染なんでしょう。」
看護師が青峰を見て笑った。

「ああ。」
青峰はそれだけ答えて彼女に背を向ける。

「あんな綺麗な奥様がいるのになんで私なんかと浮気するんですか?」
看護師は青峰の背中に指を這わす。

「さわんなよ、くすぐってーな。
さつきは忙しくて家にいねーんだよ。
っつーか嫁の話するとかマジないわ、帰る。」
青峰はうんざりしてベッドを出ると身支度を始めた。


どこから聞いたのか、緑間からこの看護師との関係を咎められたのは昨日のことだ。
「オレが良かれと思って紹介した医師のところの看護師と不倫なんて、何て桃井に詫びればいいのだよ!
とにかく早急に不倫をやめるのだよ、じゃなかったら桃井を好きだったのに桃井の幸せを願って身を引いたやつらにオレも申し訳がないのだよ!」

緑間のその言葉が青峰の逆鱗に触れた。

「あん?
誰のこといってんだかわかんねぇけど、だったらさつきもそっちに行けばいいだろ、別にバスケができないオレとあいつがいつまでもいる必要もねぇだろうが!」

青峰はそう怒鳴り、緑間は呆れたように
「そんな事を言ってるとそのうち本当に愛想を吐かされるのだよ。」
と言ったが、青峰はそこで携帯を電源ごと切った。
何もかもが面白くない。

「もう帰るんですか?」
裸の上半身を布団で隠しながらベッドに起き上がった看護師に目もくれない。

「奥様がお家で待ってるから早く帰るんですか?」
無視する青峰に看護師が聞く。

「うるせーな、どうでもいいだろ?」
今日は水曜日。
さつきの帰りがそんなに遅くはない日だ。
確かにさつきは家で青峰の帰りを待っていると思う。

いつだったか赤司が言ってた水曜日が愛人の日は青峰には分からないけれど、さつきは週初めの月曜日と、木曜日と金曜日は仕事が忙しく帰りが遅い。
だけど水曜日は比較的仕事が立て込んでいないらしく、家に帰ってくるのは早い。

「私もここ出る用意しますから…」
言いかけた看護師に青峰は言う。
「一緒に部屋は出ねぇからな。」
「青峰さん、いつもそうですね。
やっぱり奥様にばれるのイヤですか?」
という看護師に
「奥様にっつーか、普通に誰かに知られたらまずいだろ。」
と青峰はいい、身支度を終えると彼女を一瞥もせずに部屋を出た。

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