黒子のバスケ

溢れるほどの幸せを 結婚前夜
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指定された店の指定された個室に入ると、そこにはすでに相田景虎と中谷仁亮、武内源太と白金永治と荒木雅子がいた。

「おせーぞ、かっちゃん!」
と笑う景虎に
「僕は明日結婚式を控えてるんです。
忙しいんですよ。」
と言ったら
「トラがそんなこと気にするわけがないは分かってるだろう。」
と中谷が言い
「若い嫁さんもらうんだから文句言うな!」
と武内に睨まれ
「まぁ確かに犯罪と言われても仕方ないな。」
と荒木が笑い
「とにかく座れ。」
と白金が言うので原澤はため息を堪えて空いてた席に座った。。

「それじゃ、かっちゃんの結婚を祝してかんぱーい!」
ビールを注がれたグラスを渡され、景虎の言葉に反射的に原澤はグラスを掲げていた。

「トラ、あんまり酔わせるなよ。
新郎が二日酔いなんて新婦が可哀想だしねぇ。」
なんだか言いつつもビールを飲み干した原澤のグラスに、景虎が再びビールを注ぐ。
それを中谷が咎めた。

「あんな若くて綺麗な嫁さんもらうんだ、これくらいいだろ?!
っつーかリコたんの一個下…18才の花嫁だぞ?!
リコたんもいずれ嫁にいくんだろうか…いや、嫁には出さん!」
景虎は中谷の忠告を無視して愛娘の話を始める。
リコがどれ程可愛いか、自分がリコをどれ程愛しているか、切々と語る景虎。

「うざいな、私が娘だったら殴ってる、こんな父親。」
それを荒木がばっさりと切って捨てた。
それでも景虎は気にする様子もなく、リコたんへの愛を語り続ける。

「前にデートしてる娘の後つけてるこいつを見た事がある。」
武内も呆れている。
「これで全日本の選手だったんだからな。」
と白金も呆れていた。

中谷と原澤はちらっと景虎を見てため息をつき、顔を見合わせて少し笑った。



と同時に原澤は景虎にさつきの父親の姿を重ねていた。
さつきが妊娠したことを知ったその日のうちに、原澤はさつきの家に行った。

さつきの気持ちを受け入れた時、原澤はさつきの両親のところに挨拶に行っている。
娘の教師…しかもさつきくらいの娘がいてもおかしくないような年の自分がさつきと付き合うのだから、せめてさつきの両親にきちんと筋は通しておきたい、原澤はそう思った。
自己満足と言われてしまえばそれまでだが、そうしたかった。
自分がさつきを真剣に思っていることだけはさつきを産み、今まで育ててきたさつきの両親に伝えたかった。

さつきの両親は驚いていたが、原澤の話を聞いてくれた。
『さつきが先生のことを好きだと言うのなら仕方ない』
という限りなく後ろ向きな許可ももらうことが出来た。

それなのに、在学中に妊娠させたなんて殴られる覚悟もしてたけど
「お嬢さんを妊娠させてしまいました。
申し訳ありません。
順番は守れませんでしたが、彼女と共に生きていきたいという気持ちはずっと持っていました。
結婚を許して下さい。」
と頭を下げたら
『さつきがそれを幸せだというのなら仕方ない』
と限りなく後ろ向きな許可をもらった。

それから学校への報告をした後が大変だった。
クビも覚悟したけれど、今吉や諏佐が中心になって署名を集めてくれたお陰で原澤は学校にも残れる事になり、卒業後でさつきのお腹が目立つ前の三月の吉日…つまりは明日、原澤はさつきと式を挙げる。

入籍はさつきの両親の気が変わる前にとさつきの両親の許可を得てすぐに済ませてしまったが、やはり式くらいはさせてやりたい。
というか、自分がドレスを着たさつきの姿を見たかった。

それに大学進学もない、新婚旅行もない、ないない尽くしの結婚じゃ可哀想だとも思った。
自分はいい年だけど、さつきはまだ18才の女の子なのだ。
せめて式くらいはさせてやりたい。
せめてドレスくらいは着せたい。

それは自分の意地みたいなものだったけれど、景虎の話を聞いてるうちに不安になってくる。
バージンロードをさつきと一緒に歩いてきたさつきの父が
『やっぱさつきを自分とあんまり年の変わらない男のとこに嫁にだすのいやだ』
と言い出したらどうしよう?


「リコたんを男になんて託せるか!
リコたんをずっと守ってきたのはオレなのに!」
と叫ぶ景虎に不安を覚えた時、そんな原澤の気持ちが伝わったのか白金が
「世の中トラみたいな父親ばっかじゃない。
もう入籍もすませているし、今更娘を嫁に出すのはいやだ何てご両親も言わないだろう。」
と原澤に言ってくれた。
その言葉にホッとする。

「で、その若くて綺麗な嫁さんは今日はどうした?」
荒木がビールを手酌で注ぎながら原澤を見た。

さつきとは入籍は済ませたが、まだ一緒に暮らしてはいない。
一応、他の生徒の手前、一緒に暮らすのは高校を卒業して、式を挙げてからと言う事になった。

離れて暮らしているさつきに、原澤は聞いた。
「僕は式の前日の夜に元全日本のメンバーと会う予定があるんですが、君はどうしますか?」
「お父さんとお母さんと三人で過ごすよ。」
と答えたさつきにそれなら安心だと思ったのに、今日の夕方、原澤に青峰が連絡をしてきた。
「オレ達、『キセキの世代』の大事なマネージャーのさつきの式の前日はさつきを祝わせてほしいんスけど。
さつき借りていいっスか?」

はるかに年上の自分が高校を卒業したばかりの青峰たちに嫉妬していやだ何て言えるわけがなく、分かりましたと答えるしかなかった。
きっと今、さつきは実家ではなくて赤司あたりが予約した店で6人と一緒だと思う。

「キセキの世代のメンバーと会ってるみたいですよ。
青峰くんからさつきと過ごしたいと連絡がありましたから。」

「ああ、そういえば緑間がそんなことを言ってたねぇ。
卒業した後も秀徳で後輩の指導に当たってくれてるんだけどねぇ、その時にそんなことを言ってたねぇ。」
中谷が頷いていたら武内が
「そういや黄瀬もそんなこと言ってたな。
最近やっと桃井さつきの結婚を受けれることができたようだ。」
から揚げを摘んだ。

「お前、ビール飲んでから揚げ食うとか…だから肥えるんだぞ!
かっちゃんもマー坊も永治もマサも変わらないのにお前肥えたぞ。」
そんな武内に景虎が指を突きつけた。
「なっ…!」

「よくそれで監督ができるなー。
お前ちょっと走ったらすぐに息が切れるだろ?
うちの嫁さんがやっぱりダイエットメニューを作ってあげなきゃっていきまいてたぞ。」
景虎の言葉にその場にいた全員があの料理を思い出して、目の前のつまみのおいしさに感謝した。


「それにしても、まさかあの『桃井さつき』がよりによってかっちゃんと結婚とはねぇ…。
うちもスカウトはしたんだよねぇ、指定校推薦枠があったし。
緑間も形は違うけれど、バスケへの姿勢は選手と遜色ないって言ってたしねぇ、実際中学生であそこまでのデータを作れる事は脅威だったしねぇ。
まぁ、スカウトはあっさり断られて桐皇に進学されたわけだけど、それが三年後にはかっちゃんとねぇ…」

景虎の嫁さんの料理の味を思い出したお陰でちょっと不穏になった空気を変えるためか、中谷がそんなことを言い出した。

「ああ、紫原がよく言ってたな。
さっちんが一緒だったらよかったのにって。
うちは秋田には絶対来ないだろうと思ったからスカウトはしなかったが、桃井の進学先は気にかけていた。
都内でよかったとホッとしたのを覚えている。」
荒木もそんな事を言い出す。

「赤司も桃井の事は認めてたからな。
いつだったか、データを見ながらぼそっと『さつきが洛山にいないのは痛いな』と呟いていた。
まぁ、赤司は彼女のデータがないとかそんな事で痛いと言ったわけじゃないだろうがな。
ただのマネージャーや友人としての想いじゃなかったな、赤司が彼女に抱いていたのは。」

白金が原澤を見た。
顔が少し赤らんできている。
酔いが回ってきてるのかもしれない、じゃなかったら明日結婚式を控えた男に、その奥さんに想いを寄せていた男の話なんかしないだろう、原澤はぼんやりとそんなことを思った。

「リコたんも言ってたなぁ。
黒子君があの子のこと早く吹っ切れるといいなってな。」

「黄瀬もモデルとかやってて女子にチヤホヤされてるのに、桃井の事を一途に想っていたようだからな。」

それは景虎と武内も同じだったらしい。
大分口がなめらかになっている。

「やっぱり他のキセキの世代もそうか。
紫原も桃井が結婚すると知った時は荒れていた。
WC前なのにどうしようと思ったものだった。
去年卒業した氷室が色々と世話を焼いてくれてWC前には落ち着いたが、一時はどうなる事かと思った。」

「緑間もねぇ…まぁ色々あったねぇ…。
去年はWCは無理だろうと本気で思ったねぇ。」
荒木と中谷が遠い目をする。

「青峰も大分荒れてたらしいじゃないか。
去年のWCにキセキの世代を擁する学校は洛山以外出場しないんじゃないかなんて思ったぞ。
ちなみに赤司は動揺していたようだったけど、それを表に出さないだけ、大したもんだった。
でもなんでこの時期に桃井との結婚を決めたんだと思わなかったといったら、嘘になるな。
かっちゃんが悪いわけじゃないが。」
白金が腕を組んで原澤を見たけど、原澤は何も言えなかった。

さつきのお腹の子の父親が原澤だと知った時、青峰にものすごい勢いで責められた。
教え子に手ぇだすなんて最低な教師だなとか、桐皇学園なんかに進学しなければよかったとか、バスケ部なんかもうやめてやるとか、WCなんか知らねーとか、オレが桐皇を選ばなかったらさつきはてめぇと出会うこともなかったのにとか…言われても仕方ないことを言われた。

青峰の言葉を原澤は真摯に受け止めた。
その上で、荒れる青峰に原澤ができた事は、さつきへの自分の気持ちが軽いものではない事、真剣にさつきを愛してると伝える事だけだった。
愛してるからさつきを幸せにする、そう言う事しかできなかった。

だからといって、彼らがさつきを諦めきれるかと言ったらそれはまた別の話だろう。
まだ若いのだからあっさりと他の恋を見つけることもできるかもしれないけれど、叶わなかった初恋が美化されてしまうのもまた仕方のないことだから。

「キセキの世代とかなんとか言ったって、所詮はまだガキだからな。
好きな女の結婚知って平然としてられるほど、人間できてはないだろ?
オレだってリコたんが結婚したいなんて言って男を連れてきたらその男を撃ち殺す自信がある!
リコたんはオレの天使だからな!」
暗くなりそうな雰囲気を壊したのは景虎だった。

「リコたんは天使!」
と叫び
「こんな父親、私なら絶対に殴ってる、ボコボコになるまで殴ってる!」
と荒木も叫ぶ。

それで雰囲気が明るくなり、話は自分達が全日本にいた頃の話になっていった。

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