黒子のバスケ

愛妻家達の幸福な日々
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ACT.青峰

さつきはぼんやりと青峰を見上げる。
自分の上にいる幼馴染がまったく知らない人にしか思えなかった。

あの六人と別の大学に進学して、その事で六人からは色々と言われたけれど、自分はそれなりに充実した日々をすごしていた。

なのに今日の夜、買い物に行った時に誰かに後をつけられて、後ろから何かをかがされて、気がついたらここにいた。

赤司が用意したというこの家の、この部屋で、毎日日替わりで六人で過ごして、日曜は七人で過ごすなんて言われた時はバカなことをと思ったけれど、そのバカなことが、本当に起っている。

黄瀬が選んだという服はあっさりと青峰に脱がされて、今、青峰はさつきの上にいる。


セックスは桜井としかした事がない。

そういうことは本当に好きな人に自分も好かれてからする事だと思っていたから、黒子に片想いをしていた時、友達に
「どうすればテツくん、私のこと好きになってくれるかなぁ。」
と聞いた時、
「さつきくらいスタイルよければ、とりあえず体使って迫れば落ちるんじゃないの?」
と言われても絶対にそんな事はしないと思った。

だけど黒子に本気の好きを伝える前にさつきは桜井に惹かれ、桜井もさつきを好きになってくれ、黒子への想いはそのまま淡い思い出になった。
そうして、桜井を本気で愛して、桜井もさつきを本気で愛してくれてる、さつきはそう思ったから桜井を受け入れた。
本当に好きだったから、抱かれたいと思った。
お互いに初めて同士だったけど、何より大好きな桜井と一つになれたことが嬉しかった。
幸せだった。
その幸せがずっと続くと思ってたのに、いきなり桜井から別れを切り出された。

少なくとも、さつき自身に桜井との別れを予感させるような事は思い当たらなかったから、いきなり別れを切り出されたのは辛かった。

それがあの六人のしたことで、そして今、自分は好きでもなんでもない、だけど家族の様に大事に思っていた幼馴染に抱かれてる。
意味が分からない。
何でこんな事になってるか、分からない。

大ちゃんじゃない、私が好きだったのは良くんだったのに…。

いきなり、別れたいなんていわれて、理由を聞いても別れたいからの一点張りで、仕方なく別れたけど、嫌いにはなれなかった、桜井良。
初めての恋人で、初めての人。
さつきの脳裏に桜井の頼りなさげな、だけど本当に好きだった笑顔が浮かぶ。
唇が、自分でも知らない間に彼の名前を呼んでいた。

「良くん…」

青峰にされるがままだったさつきの唇から自分達の以外の男の名前が零れ落ちて、青峰は動きを止めてさつきの顔を凝視した。

さつきはうつろな目をして、その目から涙を流している。
桜井を想って泣いているんだろうか?
あんなやつのどこがいいんだ?
良よりオレの…オレ達の方がさつきを愛してるのに。
なんでこいつは分からないんだろう?
こんなにオレがこいつを愛している事を、なんでこいつは分からないんだろう?!
そう思ったらすごく腹が立った。

脳裏に、まるで女みたいな顔した、気弱なくせにたまにすごい負けず嫌いさを発揮するかつての同級生の顔が浮かぶ。
不愉快だった。

「そんなに良がいいのかよ?
なぁ、さつき、だったら良がいなくなったら、良の存在がこの世からなくなったら、お前、オレを愛してくれんの?」

青峰はうつろな目のさつきを見下ろす。
さつきは青峰の言葉にハッとしたように青峰を見て、身震いをした。
青峰の目はそれくらい冷たかった。

「良くんの…そ…んざ…いがこの世からなくなったら…ってどういうこと…?」
それでも震える唇で聞き返す。

「は?
良が死ぬとかじゃねぇの?」
青峰は冷たくさつきを見下ろしたままだ。
その目と言葉に、新しい涙がさつきの目から溢れた。
「なんで良くんが……死ぬの?」

「不慮の事故…じゃねぇの?
法律じゃ一人としか結婚できないけど、だったら入籍なんてしないでみんな暮らせば問題ないって赤司が言ってたぜ。
確かにその通りじゃねぇか。
だから、愛妻家のオレ達はこうしてお前と一緒に暮らす事にしたんだろ?
ここは地下にある部屋なんだよ。
んで、オレらは上にそれぞれの部屋があって、普段はそこにいる。
自分の曜日にここに降りてくんだよ。
翌日の朝九時が入れ替わる時間な。
だから月曜日って言ったら、月曜日の朝九時から火曜日の朝九時までって事になる。
そしたら黄瀬に交代だ。
そうやってオレ達はお前を大事に愛していくつもりだけど、それを邪魔するっていうやつがいるなら、容赦しねぇ。
お前がオレらよりも良が大事だなんて事を言うなら、良は邪魔者って事だし容赦はしねぇよ?」

さつきの背筋を悪寒が走り抜けた。
今は知らない人みたいな幼馴染だけど、だけど幼い頃からずっと知ってる幼馴染だから。
青峰が本気でそう言ってることはさつきにも分かる。

そして、赤司なら不慮の事故に見せかけて…なんてこともやりかねないかもしれない。

「大事じゃ…ない。
りょうく…桜井くんは、大事じゃない…」
言いながらさつきは泣いていた。

だけど青峰は満足そうに笑うとさつきの涙を舌で舐め取る。
「そうだよな?
じゃ、お前の大事な人って誰よ?」
青峰は笑った顔でさつきを見ている。
だけど、その笑顔に再びさつきは悪寒を感じて、体を震わせた。

「だいちゃ…だいちゃん…と…きー…ちゃ…と、むっくんと、みどり…んと、テツくんと…赤司く…ん」
唇が震えて上手くしゃべれない。
だけど、さつきはじっと自分を見ている青峰を見つめ返して、必死で言葉を紡ぐ。
「が…大事…。
みんな、だけが大事…」

「だよな。」
青峰は笑った。

それは幼い頃から見慣れた幼馴染の笑顔だった。
笑顔は全然変わってないのに、こんなにも青峰が遠い。
まるで別人と向かい合っているように、青峰が遠い。

青峰がさつきの胸に顔を埋める。
さつきは目を閉じて、それを受け入れた。


良くん、どうして別れたいと思った理由を言ってくれなかったの?
理由を知ってたら私、良くんと別れなかったよ、何があっても。
私、きっとみんなを説得して、良くんと付き合う道を選んだよ。
そうしたら、みんなもこんなに愛情が拗れることもなかったと思うの。
今更、そんな事をいっても遅いけど。
もう、どうにもならないけど。
ううん、どうにもできないけれど。

先輩、良くんのことが忘れられなかった私が、もう一度恋ができるかもしれないと思えたのは、あなたが素敵な人で、そして優しくて、いつも支えてくれたからです。
もう、会うこともないと思うけど。


さつきの目から涙が溢れて頬を伝っていくけど、青峰はさっきの赤司と同じように満足げに
「泣くほど、幸せなんだなお前。
オレもお前が、さつきがオレを大事だって言ってくれて、すげー幸せ。」
と青峰らしくない事を言って、さつきの中に入り込んだ。

唇を噛み締めながら、控えめな嬌声を上げるさつきを青峰は満足げに見下ろして、優しい声で囁いた。

「愛してる、さつき。
やっと、言えた。
やっと、伝える事ができた。
何度でも言うわ。
さつき、すっげぇ愛してる、オレ、お前の事。」


「桃っち?
起きて、朝ごはん持ってきたよ?」

体を揺さぶられて目が覚める。
目が覚めて、下腹部に鈍痛を感じてさつきは顔を顰めた。

久しぶりにそういうことをしたのもあるし、青峰は体力があるから一回ではすまなくて、最後の方にいたっては意識が半分以上飛ぶほど何度も抱かれて、これで体のどこも痛くない方がおかしい。

そして、自分は裸でベッドの中にいて、隣で寝てたはずの青峰はあくびをしながらジーンズのベルトをしめている。

自分の肩に触れて自分を起こしているのは黄瀬だった。

「きーちゃん…」

青峰との長い時間の行為のせいか声は枯れていたが、さつきは黄瀬の名前を呼ぶ。
黄瀬はさつきに名前を呼ばれて、にっこりと笑った。

それは、世の中の女の子のほとんどが見とれるだろうと思えるほどの綺麗な笑みだったけど、さつきは自分の置かれた状況を考えると怖くなるだけだった。

「もう九時過ぎたから桃っちは明日の九時まではオレの奥さんっス!
一緒にご飯、食べよう!
青峰っち、邪魔っス。
早く出て行って欲しいっス!」

青峰は黄瀬の言葉に肩をすくめて見せてから、
「さつき、じゃ、日曜にな。」
と言って部屋を出て行って、裸のままベッドの中にいるさつきと、嬉しそうに笑ってる黄瀬の二人だけになる。

「桃っち、ホントすっげぇ綺麗になったっスね。
昔から綺麗だったけど、高校、大学とどんどん綺麗になっていって、オレがどんだけ焦ってたか分かるっスか?
だけど、もう過去はいいっス!
今は、桃っちがオレの奥さんなんだし!」

黄瀬の言葉にさつきは何も答えなかったけど、黄瀬は幸せだった。


さつきの部屋をでて階段を登って青峰はリビングに入る。
リビングには、黒子しかいなかった。

「赤司たちは?」
リビングのソファにどかっと座った青峰は黒子に聞く。

「みんな、朝から講義があるんで大学行きましたよ。
僕の講義は午後からなんで。」
「あ、そ。
赤司とか緑間の学部は大変そうだもんな。」
青峰があくびをした時、リビングに置きっぱなしだった青峰の携帯が鳴った。

「昨日から何度も鳴ってましたよ。」
黒子は読んでた本から目をそらさない。

「さつきのおばちゃんからか?」
携帯を手に取った青峰は顔を顰め、ため息をつくと
「今吉だわ。」
と黒子に告げて通話ボタンを押した。
黒子は驚いたように顔を上げて青峰を見ている。

「はい。」
青峰はうざったそうに電話にでた。

今吉から連絡があったのなんて、今吉が桐皇を卒業して以来、初めてのことだ。
そしてあの男は食えない男だった、何の用かは分からないが気をつけなければ。
黒子の目も暗にそう青峰に伝えていた。

「青峰か?
久振りやなー。」

今吉は確か、国立のトップクラスの大学に進んだはずだ。
大学も違うし、せいぜいが桐皇のOB会で会うくらいだ。
その後は食事くらいは行くが、それだけの付き合いなのになんだろうと思った青峰に今吉が言う。

「昨日な、桃井が近所に買い物に行ったきり帰ってこおへんそうや。
ワシも今朝、桜井から電話もろて知ったんやけどお前、心当たりあらへんの?」

今吉の言葉に青峰は
「なんで良からあんたに電話あんだよ?」
と言っていた。

「知らんのか、桜井と桃井、付き合うてたんや。
あいつら、きちんとお互いの両親にも挨拶に行って、きっちりしてたから桃井の母ちゃんも桜井のこと知ってんで。
それで桃井の母ちゃんから、真っ先に桜井のとこに連絡あったらしいわ。
今、桜井も必死で探してるそうや。
お前は桃井がどこにいるか知らんの?」

今吉の言葉に青峰は唖然としていた。
さつきの母が自分より先に桜井に連絡をしていた事も、桜井とさつきがお互いの両親に紹介しあっていたことも、別れた筈なのにそれでもさつきの母が桜井を頼った事も、全てが驚きだった。

だけど黒子に突かれて、慌てて取り繕う。
「オレ、二週間前から赤司達と大学の近くでルームシェア?とかいうのしてっから知らねー。
さつきにはもう二週間会ってねーし、大学違うからな。」

「ああ、そうやったな。
諏佐が同じ大学なんやけど、桃井、結構色々な男から言い寄られてたらしいからなぁ。
変なことに巻き込まれたんやなければええけど。
なんか分かったら、連絡しぃや。」
今吉はそれだけ言うと電話を切る。

「どうでした?」

自分をじっと見ている黒子を無視して携帯の着信履歴を確認する。
さつきの母からの着信はなく、自分の母親からの着信は今朝の八時に一件だけ、あとは全部今吉からだった。

桜井が自分に電話してこなかったのは、桜井が青峰を苦手に思っているからだろう。
さつきと別れろ、そういいに言ったのは赤司と緑間と自分だったから。
それで桜井は自分と赤司と緑間のことは苦手だと思う。

連絡をしてこなかったのは当たり前かもしれないが、さつきの母も自分に直接連絡してこなかったのが青峰には納得がいかなかった。
さつきの母に、もうさつきに一番近いのは大輝くんじゃないと言われているようで。

だけど、もうさつきは自分の…自分達のものだ。
誰にも邪魔をさせない。

「さつきの母ちゃんが良にさつきがいなくなったって連絡したらしい。」

黒子は青峰を目を丸くしてみている。

「何で桜井くんに?!」

「良とさつき、付き合う時にお互いの両親にしっかり紹介しあってたらしい。
あいつ、あんな女みてーなツラしてマジやるな。
外堀からしっかり埋めてやがった。
あの感じじゃ今吉も二人のこと知ってるみてーだし。
けど、もう誰にも邪魔させねーよ。」

「そんなの、当たり前じゃないですか。
赤司君の名言じゃないですけど、邪魔するヤツは親でも殺す…ってやつですね。」
「テツ、お前もそんな顔しておっそろしいやつだよな。」
青峰と黒子は顔を合わせて笑いあった。


幸福な日々は、始まったばかりなのだから。


ACT.青峰 END
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