黒子のバスケ

□誰かが彼女に恋してる
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IN陽泉

授業が終わってすぐに、放っておくと部活が始まってもお菓子を食べ続ける紫原を迎えに行って一緒に部活に行く途中で、主将の岡村建一と副主将の福井健介に会ったさつきは四人で部室に向っていた。

「いつも紫原のお守り悪いな、桃井。」
福井がさつきの頭を撫でる。
「お守りじゃねーし。」
紫原は不満そうだが、
「お守りじゃないよね、ムッくん。
ムッくんは自分でちゃんとできるけど、私が勝手に迎えに行ってるだけです。
お守りが必要なのは青峰くんだけだし。」
さつきの言葉に今度は複雑そうな顔をする。


キセキの世代の誰もが思っただろう、さつきは青峰と同じ学校に行くにちがいないと。
だけど、それを裏切って彼女が選んだのは秋田県の陽泉高校だった。
その理由を赤司が聞いた時に、彼女は言ったそうだ。

「陽泉の監督の荒木雅子さんの分析力を尊敬してるの。
全日本女子の経歴も持ってるし、そんな人から誘われたら断れないでしょ?
それに近くにいれば、私は青峰くんの心配ばかりしちゃうと思うの。
青峰くんを放っておけないから。
だけど、私の人生は私のものだから、青峰くんとは物理的に離れた方がいいと思うし、私が離れる事で大ちゃんが孤独じゃなくなるようにできると思うから、陽泉に行く事に決めたの。」

紫原に難しい事はわからないけれど、結局さつきはなんだかんだ言いつつも、離れる事を決めたのすら青峰のためだということは分かる。
そこまでさつきに大切にされている青峰はムカつくけど、さつきと同じ学校なのは純粋に嬉しい。
複雑な気分だ。

「青峰ってキセキの世代の黒いのか。」
福井の言葉にさつきと紫原が噴出した時、
「あの、桃井さん。
ちょっと時間いいですか?」
と声をかけられ、四人は同時に振り返った。

そこにいたのはハンドボール部の主将だった。
岡村と福井は同じ学年だから、彼がさつきのファンだという事は知っている。
「あの、すみません、これから部活で…。」
と断ろうとしているさつきに
「行ってこい。
けど、うちの大事なマネージャー、さっさと返せよ。」
福井が背中を押したことで、さつきはやや不満そうな顔をしていたが、彼に促され、二人は歩いていく。

「告白かなー?
さっちん、中学の頃からもてたしー。」
紫原の言葉に
「じゃねぇの、な?」
と岡村に視線を移した福井はぎょっとする。
岡村が、泣いていたからだ。

「おい、なに泣いてんだよ、どうした、アゴリラ?」

「なんでじゃー?!
バスケしてるとマネージャーでももてるのに、どうしてワシはもてないんじゃー?!」

「さっちんはバスケしてなくてももてるし。」

「ああ、その通りだな!
んで、お前はバスケしてもしてなくてもどっちにしろもてねーから安心しろって!
桃井はバスケしてもしてなくてももてるけどな!
結局何をしてももてるやつはもてるし、もてねーやつはもてねぇんだって!」
慰めになってない慰めにますます泣く岡村を、二人はもう放って置くことに決めた。


告白を断ってさつきは体育館に急いでいた。
今、自分がすべき事は自分のバスケで青峰を倒す事だ。
それがさつきの、今の全て。
だから、すごくいい人そうだったけど告白はお断りした。

というより、誰からの告白も、青峰を倒す日まで受けるつもりはない。
それが例え黒子だったとしても、だ。

「おくれてすみませーん!!」
と言いながら体育館に入ったら、主将の岡村が泣いていて、さつきは頬を膨らませて
「福井先輩!
劉先輩!
また主将泣かせたでしょう?!」
と怒る。

シュートの練習をしていた福井と劉が肩をすくめた。
「モミアゴリラがもてたいとかうるさいから、モミアゴリラきもいって言っただけアル。」
劉は頬を膨らませて怒ってるさつきに目元を緩ませる。
怒ってたってさつきは可愛らしい。

「もー、だからモミアゴリラなんて言っちゃダメだって言ってるじゃないですか!
福井先輩は?!
何を言ったんです?!」
さつきは福井を睨むけれど、福井も劉と同じように顔を緩ませただけだった。
全然迫力がない、というか、可愛いだけだ。

「お前はバスケしてもしてなくてももてねーって言っただけだよ。」

「もー、何でそんな事いうんですか!
主将、大丈夫ですよ、主将ほど頼りになる、頼りがいのある男性なんてそうはいませんから。
バスケしてもしてなくても、頼りがいのある男性を嫌いな女の子なんかいませんよ?
それに主将としてチームをひっぱる主将、すごくかっこいいと思います。
だからそんなに泣かないで下さい。」

さつきがしゃがみこむと岡村の背中をぽんぽんと軽く叩きながら、自分のハンカチを岡村に差し出す。
桃井はゴリラの飼育も得意なんだなと思う陽泉バスケ部のメンバー。

「うううっ…桃井だけじゃ、ワシを気遣ってくれるのは…!
けど、それじゃなんでワシは女子に話しかけられたこともろくすっぽないんじゃ?」
岡村はさつきのハンカチを受け取ってさつきに聞く。
「……えーと…」
さつきの目が泳ぐ。

『せっかく桃井が慰めてくれたんのにいらんこと言ってんじゃねーよ、ゴリラ!!』
その場にいた陽泉メンバーが心の中で叫ぶ。

さつきは困ったようにしていたが、岡村が自分を見つめているのを感じて口を開く。

「きっと、主将のファンは、主将にバスケ頑張ってほしいから遠くから見つめてる、恥ずかしがり屋の女なの子ばかりなんじゃないでしょうか?」
「そうか…。」

やっと泣き止んだ岡村にさつきは微笑みかける。
「そうですよ、大丈夫、きっと主将ならすぐに彼女もできますって!
それにいろんな人にもてるより、自分の好きな人に好きになってもらうほうが嬉しいし、幸せだと思いますよ!
主将はムダモテしないタイプなんですよ。
氷室先輩なんかプレゼントとか断るの大変そうじゃないですか?」

「そうですよ、主将。
サツキの言う通り。」
いつの間にか氷室が二人のそばに立っている。

「氷室、お前もいいやつじゃな!」

岡村に笑みを返して、氷室はさつきを見つめる。

「だから、さっき告白された時、サツキと付き合ってる事にしちゃって断ったよ。」

「「「「えええっ?!」」」」
氷室の発言に誰もが叫び、さつきも唖然としているが、氷室は鉄壁の笑顔を崩さない。

「だからこれからはサツキもオレと付き合ってるって言うといいよ。
それなら誰も何も言わないだろうし。」
紫原が何か言おうとした時、
「お前達、練習をちゃんとしろ!」
監督の荒木が現れて、そこで話は終わった。


部活が終わり、さつきが着替えを終え、寮に帰るために他のメンバーと歩いてる時、携帯が鳴り、それをとりだしたさつきは不思議そうな顔をして携帯の通話ボタンを押した。
隣に居た紫原はさつきに歩調を合わせながら歩いている。

「もしもし、ミドリン。
久しぶり、どうしたの?
珍しいね、ミドリンが電話してくるなんて。」
電話の相手は緑間だったらしい。

『久しぶりだな。
秋田はどうだ?』
緑間の声に懐かしさを感じて、さつきの顔に笑みが浮かぶ。

「ミドリンって誰よ?」
福井が紫原に聞く。
氷室も岡村も劉も興味津々といった顔だ。
「帝光の時の…」
「ああ、キセキの世代の緑間か。」
紫原の言葉だけで福井は思い当たったようだ。

「うん、分かった。
それじゃ、範囲をメールしてくれるかな?
うん、赤点を回避すればいいんでしょう?
それなら要点まとめたプリント作ってそっちに送るから。
あの…大ちゃ…青峰くんはどう?
相変わらず練習出てないの?」
みんなが自分に注目してる事も知らず、さつきは聞いていた。

『ああ、そのようだ。』
緑間の短い答えにさつきはため息を堪え、
「ホントありがとね、ミドリン。
大…青峰くんのこと、よろしくね。」
と伝える。

『無理なのだよ。
お前にしか、青峰の面倒は見れん。
と言いたいところだが、出来る事はするのだよ。
今、黄瀬と黒子も一緒に青峰に勉強を教えているのだよ。
だからお前も秋田まで行ったのだから、尽くせる人事は尽くすのだよ。』
緑間の言葉に、声が震えそうになるのを抑えてさつきはうん、ありがとうと返事をした。

電話を切ると、みんなが自分を見ていることに気が付いてさつきはへへ…と笑ってみせる。
そして聞かれてもいないのに、
「青峰くんは私の幼馴染なんです。
勉強、あまりできるほうじゃないから赤点取ったら公式戦出られないし、今、キセキの関東組が勉強教えてくれてるそうなんです。」
と言っていた。

さつきが学年でも成績上位なのは知っている。
きっとそれでキセキ関東組からヘルプが来たのだろうと思う。

「奉仕活動で単位がもらえる学校ならラクなのにねー。」
紫原の言葉に、ムッくんらしいと笑いながらさつきは頷いた。

彼女がなぜわざわざ秋田の陽泉高校に進学したのか、紫原からなんとなくは聞いている。

バスケを誰より愛していたからこそ、孤独に耐え切れそうもない幼馴染にもう一度バスケの楽しさを思い出して欲しい。
そのために、強くなりすぎた彼も孤独じゃないのだと、そう知ってもらいたい。
紫原はそこまでは言わなかったが、きっとそういうことだと思う。
可愛いマネージャーのためだ、桐皇なんかに負けずにその幼馴染の目を覚まさせてやろうと思う。

「大丈夫だよ、サツキ。
どこが相手だろうと、オレたちは負けたりしないから。
さつきがこんなに献身的にオレたちのマネージャーをしてくれてるんだ。
それに応えるのが、オレたちのサツキに対する誠意で、愛情だ。」

氷室の微笑みにさつきは顔を上げる。
岡村も福井も劉も紫原も笑みを浮かべて頷いている。

「私、陽泉に進学して本当によかった…!」

潤む瞳に気が付かないふりをして、岡村と福井と劉は順番にさつきの頭を撫でた後、

「たまにはみんなで飯でも食いに行くか!
アゴリラがおごってくれるってさ。」
福井がもう一度さつきの頭を撫でた。

「ワシがおごるのは桃井だけじゃ!」

「だからモミアゴリラって言われるアルね!」
「特にお前には絶対おごらん!」
言い合いをしている二人を笑顔で見守るさつき、そんなさつきを笑って見てる福井を見ながら氷室が呟いた。

「とりあえずは大ちゃんに勝たないとね。
サツキが大ちゃんから卒業するのはそれからだろうし。
サツキにオレを見てもらうためには、まずサツキに大ちゃんから卒業してもらわないといけないからね。」

独り言のつもりだったがそれは紫原に聞こえていたらしい。

「峰ちんに勝つのはもちろんだけど、さっちんに見てもらうのは室ちんじゃなくてオレだから。」

紫原が氷室に宣言する。
氷室は目を見開いたあと、笑った。

「それじゃ、まずは大ちゃんに勝つために、明日からもっと練習しないとな。」
「そうだねー。」

福井に頭を撫で回され、岡村の腕に自分の腕を絡ませて劉に笑いかける我らがマネージャーを見つめながら、二人は微笑んでいた。

愛すべき彼女のために、彼女に勝利を捧げることを誓って。

IN陽泉 END

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