黒子のバスケ

Shall We Dance?
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「黄瀬せんぱ〜い!!」
「黄瀬く〜ん、どこにいるの〜?!」
あちこちで自分を探す女の子の声がする。
黄瀬はさっきからその女の子達から逃げていた。


帝光祭の後夜祭では全校フォークダンスが行われる。
このフォークダンスで好きな人に踊りを申し込んで、了承をもらって一緒に踊る=校内公認のカップルというのが後夜祭の暗黙の了解。
好きな人がいる人にとってはクイズ研のスタンプラリー同様、気合が入る行事に変わりない。
それで黄瀬はさっきから自分をフォークダンスにさそう女子から逃げているのだ。

最初のうちはきちんと断っていたが、あまりの人数の多さに嫌気が差して逃げる事にした。

何人に踊りを申し込まれたって嬉しくない。
黄瀬が本当にダンスを踊りたいと思うのはたった一人なのだから。

黄瀬の脳裏に桃井さつきの姿が浮かぶ。
モデルの黄瀬涼太ではなく、黄瀬を黄瀬涼太としてみてくれるさつき。
百戦百勝が当たり前の帝光バスケ部において、その勝利に貢献しているさつき。
一軍にスピード昇進したものの、初心者の自分の悩み相談に乗ってくれたのも、個人の練習メニューを組んでくれたのもさつきだった。
そんなさつきのことを気が付いたら好きになっていた。

……本当はさつきと踊りたい、
だけど、断られたら…多分、立ち直れないから踊りを申し込む事もできないし、かといって他の女子と踊る気もない。

それで踊りの誘いは断っていたが、もう無理だ。
申し込んでくる女子の数が多すぎる。

もうムリ、ダメ、黄瀬は携帯を取り出すと赤司にかける。
コール5回で相手は電話に出た。

「涼太か、どうした?」

「赤司っち〜、部室に隠れてていいっスかぁ〜?
じゃないとオレ、女の子に追いかけられて死ぬっス!」

「死ね…と言いたいところだが、涼太が本当に死ぬと困る。
部室の鍵は開いているから、隠れてていいぞ。」
赤司は電話の向こうで苦笑していた。

「あざっス!」
電話を切ろうとした時、青峰の声が電話の向こうからした。

「さつきがいねーんだけど?」

「お前がクラスの男どもに『桃井をフォークダンスに誘っていいか?』と聞かれて、『勝手にしろよ』などと言うからだろうが!
それで桃井が男どもに追いかけられるようになったのだよ!
だから桃井は逃げているのだよ!
バカめ!」
緑間の怒声も聞こえる。

「涼太、まだ切るな!
聞こえたな、青峰の失態でさつきも男どもに追いかけられているらしい。
もしもさつきを見つけたら、一緒にバスケ部の部室に隠れるように。」

赤司の言葉に黄瀬は頷いていた。
「分かったス!!」
黄瀬は電話を切ると走り出した。

自分は男だから、女の子に追いかけられると言ったってたかが知れてる。
だけどさつきは非力な女の子だ。
女の子が男の子に追いかけられる…怖いはずだ。
それに、もし、実力行使に出る野郎がいた場合、さつきが抵抗できるわけがない。

黄瀬は自分が女の子に見つかるかもしれないなんてことは頭から吹っ飛んで、
「桃っち!!
桃っちいねっスか?!」
と大声でさつきを呼びながら走っていた。

廊下を歩く人が黄瀬を驚いたようにみているが、かまっていられない。

「桃っちー!!」
「きーちゃん…」
階段を駆け上がっていた黄瀬は、自分を呼び声に足を止めた。
自分をきーちゃんと呼ぶのは、この世界にたった一人だ。

「桃っち?!」
黄瀬が振り返ると、階段の一番下にさつきが立っていた。
顔色が悪い。

さつきを見つけた瞬間、ホッとした黄瀬は階段を一気に駆け下り、さつきを抱きしめていた。

「大丈夫っスか?!
怖い目とかに合わなかったっスか?!」
「うん…。
なんか色んな人に後夜祭で一緒に踊りませんかって言われただけ。
去年は赤司くんが部室に隠れてていいって言ってくれたから隠れてたんだけど、今年は部室に行く前に男子につかまっちゃって。」
「オレが一緒にいるからもう大丈夫っスよ。
一緒に部室にいこう、桃っち。」

さつきが黄瀬のセーターの裾を掴む。
「うん、ありがとう。
あんな大勢の人にいっぺんに追いかけられたの初めてだから、ちょっと怖かった。
きーちゃんが来てくれてよかったよ…。」
さつきが潤んだ目で黄瀬を見上げる。

その目を見ていたら、黄瀬のずっと抑えていた感情があふれ出して抑え切れなくなった。

「桃っち。
桃っち、好きっス。
大好きっス、愛してるっス。
オレ、青峰っちにはかなわねーし、黒子っちみたいに男前じゃねっス。
だけど桃っちを好きな気持ちだけは誰にも負けないから!
だから、だからオレと踊ろう?」

声が震えている。
さつきを抱きしめている手も震えてる。
かっこ悪い、オレ。
だけど、好きだ。
桃っちが好きだ。

そんな黄瀬の背中にさつきの腕が回って、黄瀬に抱きついてきた。

「うん、きーちゃんとだったら…ううん、きーちゃんとだから一緒に踊りたい。
好きです。
私、きーちゃんが好きです。」


黄瀬を探していた女の子も、さつきを探していた男どもも、自分のペアと踊ろうとしていた人も、後夜祭に出てきた黄瀬とさつきを見て驚いた顔をしている。

二人はそんな視線を気にすることもなく、しっかりと手を繋いで、後夜祭のフォークダンスの輪の中に入った。

わらの中の七面鳥のイントロが流れ始めると、驚いていた人たちもハッとしてパトーナーと手を繋いだ。

黄瀬もさつきとしっかりと手を繋ぐ。
オクラホマミキサーのステップを踏みながら、二人は微笑みあった。

「桃っち、オレ、桃っちが大好きっス。」

「わたしも、きーちゃん大好き。」

誰よりも甘い空気を振りまきながら踊る帝光一の美男・美女はこの世界中の誰よりも幸せそうだった。

END


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