銀魂

□致死量ぎりぎりで与えられる毒のような愛
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九兵衛と土方が付き合い初めてから、一年が経つ。

彼らがお妙を取り戻しに来た騒動以降、街で会えば立ち話なんかをする仲になった。

そういう関係になったのは土方だけではなかったけれど、ある日を境に土方の雰囲気が何か変わった気がした。
辛い事に耐えているのを隠しているような……そう感じて、たまたま町中で土方と会った時、
「何かあったのか?」
と九兵衛は聞いていた。

「何かって?」
と聞き返してきた土方に
「いや、なんか辛い事でもあったのかなと思ったんだ。
辛い事に耐えているのかなとなんとなく思っただけで、僕の勘違いだったら申し訳ないとは思うが、勘違いではないのなら、無理に耐えることもないと思ってな。
僕も、強くて優しい女の子になりたかった、と口に出せた時、気持ちが少し軽くなった。
自分自身に起こることというのは、最終的には自分で乗り越えなければならないけれど、誰かに話したりすることで、乗り越えるための手助けになることもあると思う。
だから、無理をするな。
僕で良ければ、いつでも話を聞くから。
君たちのおかげで、僕は救われてありがたいと思ってるから、もし、君たちに何かあれば、今度は僕が救いたいと思う。」
と九兵衛は伝えた。

その時はそれで別れたが、その日の深夜、妙の店に顔を出したあと、自宅に戻った九兵衛は柳生家の門前に佇む土方に気がついた。

「どうしたんだ、こんな時間に。」
と聞いたら、
「惚れた女が死んだんだ。」
鬼の副長と言われているとは思えないほど、弱々しい声で土方はそう言った。

「そうか、それは辛いな。」
九兵衛はそう言って、土方を自室に上げた。
もう屋敷のものは寝静まっていたので、自分でお茶を入れ、茶菓子とマヨネーズを土方に出して、土方がぽつぽつと話すのを黙って聞いていた。

「忘れる必要はないと思う。
彼女を愛したこと、彼女に愛されたこと、それは君の心の財産になるはずだ。
だから、今だけは心を休めて、そしてまた歩き出せるようになったら、その時は彼女の心も背負って今よりさらに君は強くなれると思う。
だから、とりあえず、マヨネーズでも食べるとよい。
柳生家のマヨネーズは、お滝がわざわざ取り寄せてる高級なマヨネーズらしいから。」

話終わった土方に九兵衛はそう言って、お滝が取り寄せている、なんだか高級な卵を使って作られているらしい、高級な瓶詰めマヨネーズとスプーンを土方に渡した。

「きっと、おいしすぎて泣いてしまうと思うが、それはマヨネーズがおいしすぎるせいだから仕方ないな。」

そう笑って言った九兵衛は
「僕も腹が空いたな。
台所に何かないか、漁ってくる。」
と言って、さりげなくティッシュを置いて、その場を離れた。

そうして、しばらく台所で時間をつぶし、部屋に戻った。
土方の目は充血していたけれど、もう泣いてはいないようだった。
高級なマヨネーズのびんも空っぽになっていたけれど。

それで九兵衛は台所から予備のマヨネーズと、ふかしたじゃがいもを持ってきていたので、それを土方に渡した。
二人でマヨネーズを付けたふかしたいもを黙って食べて、土方は
「悪かったな。」
と言って、帰って行った。

その後
「歩き出せるようになったから、付き合ってくれ。
好きだ。」
と言われた時は仰天したが、惚れた女が死んだ、とあの日弱々しい声で言った土方に断ることなど九兵衛はできなかった。

それで、
「僕は男として育てられてきたから、普通の女性と同じようにはできないよ。
君が求めるような恋人にはなれないと思う。
それでもいいなら、付き合おう。
ただ、こういう特殊な育ち方をしてきた僕だから、重荷になったら言ってくれ、その時は君を自由にするから。」
と答え、二人のお付き合いは始まった。

付き合う事になって、九兵衛は土方の恋人っぷりに驚くことになる。
実際に好きだ、付き合ってくれ何て言っても、仕事を優先する男だろう、そう思っていた土方が三日もあけずに自分と会いたがる事は九兵衛には意外だった。

好きな女性の幸せを願ってその手を離した男だし、その女性が他の男と結婚することになっても(その男が悪党だと分かったら容赦なく制裁しようとしたが)、止めたりはしなかったようだから嫉妬などしないのかと思っていた。

が、土方は九兵衛が男性と話をすることも不満だったようだ。
門下生は仕方ないけど四天王とは必要以上にしゃべるなとか、万事屋ともしゃべるなとか、あげく、今まで普通に話していた近藤や沖田、山崎とも必要以上にはしゃべるなと言われた時は驚いたけれど、普通に幸せになって欲しくてその手を離したのに亡くなってしまった沖田の姉が、結婚しようとしていた男が悪人だった事を聞いていた九兵衛は、自分と他の男性に何もないのが分かっていても、その事を思い出して複雑な気持ちになるんだろうと考え、できるだけ土方の意向に沿うようにした。

異性のことを好きだとか、愛してるだとか、そういう風に思う感情は本音を言えば九兵衛にはよく分からなかった。
けど、土方の幸せを願っているし、土方には辛い思いをしてほしくないし、傷ついてほしくない。

一度、遊び人であるから経験豊富なんだろうと、南戸にだけその事を話した事がある。

「彼を好きだとか、愛してるだとか、そう思う気持ちはよく分からない。
そもそも異性のことをそう思ったことが、おそらくは僕にはない。
こんな状態で、彼と付き合っていいのだろうか、そう思うんだ。
僕は、彼の幸せを願っているし、辛い思いをしてほしくないし、傷ついてほしくない。
でも、それは恋とは違う気がする。」

「うーん、それはもう恋じゃなくて、愛なんじゃねぇですか?
ただ、その若の愛が、若の知り合い全員に注がれてるもんなのか、真選組副長に限ってそう思うのか、それは俺には分かんねぇっすけど。」

南戸は困ったような顔でそう答え、自分の知り合いだったら、それはみんな、痛い思いや辛い思いはして欲しくないと思ったけど、例えば、沖田に
『他の男と話をすんな』
と言われても、なんで君にそこまで言われなければならないんだ、と言ったと思う。

けど、土方に言われた時は善処する、できるだけ君の意向に沿うようにするよと答えていた。
だから、きっと土方は自分にとって痛い思いや辛い思いをして欲しくない知り合いの一人ではなく、特別なんだとそう思った。

とはいえ、柳生家の次期当主である九兵衛は、男性ではなく女性であることが分かってから、自分の息子をぜひとも婿にというセレブからの見合いの申し込みが後をたたなくなっていた。


土方とお付き合いをしていることは父にも祖父にも伝えたし、実際に土方たっての頼みで、九兵衛の家に『恋人として』付き合い初めて二ヶ月目にあいさつに来たこともある。

祖父はその時、
「わしの大事な孫じゃ。
おめえも九兵衛を大事にしろよ。」
と土方に言ったが、父は特に何も言わなかった。

「お前の親父は、俺とお前の付き合いを反対してんのか?」
とその後、土方に聞かれたけれど、九兵衛にもその辺はよく分からなかった。

ただ、その後、何回か、
「断る事は前提だが、会うだけは会ってもらわないと困る見合いがある。」
と、見合いをさせられた。
会ってその場で断ればそれでいいというので、最初の二回は土方にそう説明した上で見合いをしたけれど、二回とも、土方の機嫌がとても悪くなったので、それ以降は土方に黙って見合いをしていた。

見合いと言うけれども、便宜上そう呼んでいるだけで、輿矩の方から断ってもしつこく九兵衛に会いたいという男に、会いに行った九兵衛が
「お付き合いしている方がいて、その人は真選組の副長で、幕府に仕える柳生家にとって、幕府のために攘夷浪士を逮捕する真選組副長とのご縁はこれ以上ないものであり、他の方と結婚する気はない。」
とお断りの言葉を直接言う、と言うのが正しい。

そう説明しても、土方は不機嫌になるし、だったらもう、言わない方がいいやと九兵衛は思ったのだった。
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