銀魂

□幻夢
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九兵衛が里帰りして一週間が経った日の昼、竹千代が柳生家に遊びに来た。

近藤と原田に護衛されて柳生家に来た竹千代は、四天王のみが個人練習で使える、柳生家で一番小さいのに設備が整っている道場で北大路と打ち合ってる九兵衛と、それをじっと見ている勝護、そして徳松と子々が東城に剣の稽古の基礎的な事を教えられているのを見ていた。

「母上、あんなに強かったんですね……」
竹千代は、穏やかでたおやかな母しか知らなかった。

しかし今、母は自分より大きい男を相手に、がんがん打ち込んでいて、男の方が押されている。
それを勝護は目で追っている。
その目は真剣で、自分の弟と言っても、彼は自分たちとは違うんだなと竹千代は思った。

自分も剣術と弓を武家のトップである将軍家長男として、最低限身につけなければと習っているけれども、自分より幼いのに、剣術道場の跡取りとして育てられた弟は、剣術に関しては自分より強いのだと思う。

「ええ、そうです。
御台様は輿入れなさる前は、柳生家始まって以来の天才と呼ばれる、神速の剣の使い手でした。
うちの土方なんて、初対面で刀にひびを入れられてますからね、御台様に。」

近藤が笑いを含んだ声で言う。

「真選組の、あの副長さんがですか?」
竹千代は驚いて声を上げていた。

それで、道場にいた全員がそちらを見て、竹千代に気がついた。

「兄上。」
「「兄様!」」
弟と妹が自分に駆け寄ってくるのを、竹千代は笑顔で迎えた。

母も道着姿で自分に向かって歩いてくる。
その母に付き従うように後ろを歩いているのは、幕臣であり、柳生四天王でもある、東城と北大路だ。

その二人がいるせいか、道場の中には真選組の隊士はいなかったが、道場の前には母に初対面で刀にひびを入れられた副長を始め、数十人の隊士が控えていた。

「父様は、一緒じゃないの?」
兄に抱きつき、そう聞いてくる妹に
「父上は、今日は盛々様が城を訪ねてくることになっているから、来られないんだよ。」
竹千代は妹を抱きしめながら答えた。

「そうなの……」

「兄様が来ただけじゃ、子々は不満なのかな?」

そう聞いたら、子々は首を振る。
「兄様、大好き!」

土方は道場の入り口でそれを聞きながら、子供達がこんなに仲いいのも、九兵衛の育て方がよかったんだろうと思っていた。

「僕も兄上が大好き!」
徳松がそう言って笑う。

でも、勝護は少し三人から距離を取っている感じがする。

その背をそっと九兵衛が押した。
「勝護の兄上でもあるんだ、お話ししたいことはないのか?」
勝護が九兵衛を見上げる。

「母様……」

自分を見上げる勝護の頭を九兵衛が撫でる。
そして頷いた。

その様子をみていた土方は、数日前に九兵衛に言ったことを思い出す。

『お前が望むならいつだって、一緒に逃げるって言ってんだろ。』

それに対して九兵衛が答えたのは
『愛花が裳着を迎えたら一緒に逃げてくれるか?』
だった。

その約束が、土方の未来を支えている。
けれども、九兵衛はやっぱり子供も大事なんだろうと思う。

九兵衛に頭を撫でられ、背中を押された勝護は竹千代に近寄っていった。

「兄上。」
恐る恐るといった感じでかけられた声に竹千代が子々を抱きしめながら勝護の方を見た。
「勝護、道着姿が似合っているな。」
竹千代が勝護を見て笑う。

勝護と母である九兵衛は道着姿だった。
徳松と子々は着物姿だったけれど。

「ありがとうございます。
兄上、僕、兄上とお庭をお散歩してみたい。」

勝護の言葉に、竹千代は破顔する。
竹千代は母から
『そなたはこの国の次期将軍、そして弟と妹がいる兄である。
この国に住む人々を、そして弟と妹を守っていかなればならない。』
と言われていて、それが自分の役目だと思っている。

忙しく政務をこなす父や母をいつも見ていたから、せめて弟や妹には寂しい思いをさせたくない、そう思って弟や妹の願いはできるだけ叶えてあげたいと思っている。

それは、先日弟だと分った、柳生勝護についても同じだ。
「それじゃ、兄上とお散歩をしようか、柳生家の庭は広くて何があるのか分らないから、勝護が兄上を案内してくれ。」
と竹千代が笑う。

が、近藤が難しい顔をした。
「竹千代様、勝護様、お庭の散策はちょっと……
ここのお庭は広く、みはらしもいいので護衛の方が難しくなってしまいます。」

近藤の言葉に九兵衛が勝護の前にしゃがみ込むと
「真選組の方々の言うことを聞いてくれるか?
勝護も担任の先生がお怪我をしたみたいに、真選組の方々がお怪我をするのはいやだろう?」
と諭した

「……うん。」

勝護は渋々だったけれど、それは嫌だったから頷いた。

「今度、大奥のお庭を兄上とお散歩したらいい。」
九兵衛の言葉に竹千代が
「そうだ、大奥のお庭も綺麗だから、一緒にお散歩しよう。」
と言ったら勝護は笑顔で頷いた。

「それじゃ、お兄様も一緒に、みんなで神経衰弱しよ?
子々、またざきくんと一緒に神経衰弱やりたい、ざきくん強いの!」
子々がそう言って手をたたく。

それは道場の入り口にいた真選組の面々にも聞こえていた。

「子々様にえれェ気に入られたもんじゃねェかァ、ザキィ。」
総悟が山崎をみてそう言う。

「ええ、神経衰弱がちょっと強いだけであそこまで気に入られるとは思いませんでした。
結婚するならザキくんがいいの、と子々姫様に言われました。
……この国の姫君です、そんなことが叶うわけないのに。」
山崎は痛ましそうに九兵衛を見てそう言った。

土方は山崎のその言葉に何も言えない。

子々姫のその言葉は、子供なりにその時に思った自分の気持ちなんだと思う。
だけど、子々のその夢は絶対に叶うことはない。
なんなら、竹千代に勝護、徳松だって好きな人ができて恋に落ちたとしても、その相手が普通の人なら嫁にもらうことなんかできないのだ。

徳松なんかは、なんならどっかの天人の星のお姫様を嫁にもらうことになるかもしれないのだ。
将軍家に生まれたと言うことは、そういう事だ。
九兵衛がどんなに自分を愛してくれていても、自分がどんなに九兵衛を愛していても、将軍家御台所とその護衛を担う真選組副長として生きていかなければならないように。

「それじゃ、山崎さんも一緒に、神経衰弱をしようか?
勝護、剣の稽古はもう大丈夫なの?」
竹千代が勝護に聞く。

勝護は東城を見た。
東城は笑顔で頷く。

「うん、大丈夫!!」
勝護も笑顔で竹千代に言う。

「勝護兄様、行こ!」
子々が勝護の手を取り、歩き出す。
「子々ちゃん、そんなに急いだら転ぶよ、危ないよ。」

そう言いながら子々に合わせて歩く勝護を見て、九兵衛が笑顔になると、
「僕はもう少し、お前達と手合わせしようかな、大奥にいたらこんなに体動かせない。」
と北大路と東城を見た。

「そうなさいませ、若。
お子様方は真選組の方々にお任せ致しましょう。
あと、西野と南戸にも連絡を入れておきますので。」

「そう致しましょう、若。」

東城と北大路はそう言っていた。

久しぶりの大事な若との時間だ、もう少しだけ、こうしていたい。

若が18の時に将軍家に嫁いで以降、こうして一緒に過ごす時間などほとんどなかった。

「そういう事で、母上はもう少し道場にいるから、竹千代達はお部屋で神経衰弱をしていてくれる?
お部屋で西野くんと南戸くんが一緒に遊んでくれるから。
土方様、できたら子々の希望を汲んで、山崎様もご一緒して下さったらありがたいのですが、いかがでしょう。」

「承知致しました。
ここには、俺と他に二人の隊士を残して、お子様方は総悟とともに残り全員の隊士を付けます。
ご安心下さい。」

「ありがとう存じます。
子々、ザキくん一緒に遊んでくれるって、よかったな。」

九兵衛の声に子々は満面の笑みを浮かべた。

「あとでね。」
と手を振る九兵衛に子供達も手を振り返し、道場を出て行く。
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