銀魂

□大掃除の夜に咲く花
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そうして、華やかで大忙しなクリスマスを経て、今日は大掃除の日だった。

大掃除だから汚れていいようなラフな格好で出勤するようにとのオーナーからのお達しがあったから、俺はちょうど着古して捨てようと思っていたスエットの上下を持って(さすがにその格好で出勤することはできなかった)店に向かった。

「おはようございます。」
そう言いながら店に入ると、そこにはもうすでに、オーナーと九兵衛さん、高杉さんと坂田さんと河上さんと沖田さんがいた。
が、その六人の格好をみて、俺はびっくりする。

オーナーは相変わらずの和服姿だった。
オーナーのラフな服装とは和服なんですか……?
思わず喉元まで出かけた言葉を飲み込む。
和服を着ているオーナーは、たすき掛けをしていて、掃除する気満々だったからだ。
だから、これがオーナーの汚れてもいいラフな格好なんだろう。

それで沖田さんは、カーキのストレッチパンツにライトグレーのウインドブレーカーを着ていた。

河上さんは、適度なゆとりのあるブラックデニムに白のボタンダウンシャツ、その上に黒のカーディガンを羽織っていた。

坂田さんは、黒のテーパードパンツにスカイブルーのパーカーを着ていた。

高杉さんは、ダークグレーのストレッチパンツにベージュのVネックニットを着ていた。

九兵衛さんは、ネイビーのスキニーに白のオーバーサイズのニットを着ていた。

沖田さんと高杉さんは足元はブーツだったし、坂田さんはレザーのスリッポン、河上さんはナイキのエアヴェイパーマックス、九兵衛さんはナイキのエアマックスを履いていた。
俺、捨てる予定のヨレヨレのスエット上下に、足元は履き古したスニーカー。

「お前、なんでィ、その格好……。
いくらラフな格好でって言われても、それはないんじゃないですかィ?
哀れ過ぎて泣けてきそうでィ……」
出勤するときの格好でさえ、ジーンズに無地のダークグリーンのパーカーを着ていた俺が着替えた姿をみた沖田さんが目を見張る。

「いや、汚れていい格好って言われたんで。」
そう言ってる間に、他のホスト達が出勤してくるが、スエット上下着てるやつは俺しかいなかった。
ジャージ着てるやつは何人もいたが、みんなスポーツブランドのジャージだった。
近藤さんもプーマのジャージ着てた。

「まぁ、格好なんてなんでもいいだろう。
掃除ができればそれで。」

九兵衛さんがそう言ってくれたけど、好きな女にフォローされたっていうのがまた、俺を情けない気分にさせる。

「まァ、そうだが、どこで客に見られてんのか分かんねェんだから、ある程度は気を使えよ。」
高杉さんが呆れた様に俺を見て、肩をすくめる。

「もうそういうのいいから、掃除やってくれ。
分担は事前に言った通り。
はい、開始。」

見かねたのか、本当にさっさと掃除をはじめたかったのか、九兵衛さんがそう声をかけ、ぱちんと手をたたいたので、全員が大掃除を始めるべく、散っていった。

大掃除については九兵衛さんが仕切っている。
事前に誰がどこの掃除をするか、分担表が配られ、掃除のポイントもそこに一緒に書いてあった。
九兵衛さん自身は自分のヘルプホストと沖田さんと、キッチンの大掃除をするらしい。
俺も分担表に従ってロッカールームの掃除を他の奴らと一緒に掃除し始めた。

そうして、大掃除が終わりそうになった頃、店の中にいい匂いがただよいだした。
「ビーフシチューとローストビーフ作ってるらしい、九兵衛さんが。」
自分の掃除が終わり、ロッカールームの掃除を手伝いに来てくれた近藤さんが、そう言って俺達は思わず拍手をしていた。

「結局、九兵衛さんの飯につられて、大掃除もやりに来ちゃうんだよな。」
「そうそう、結局毎年、飯につられて大掃除して、年始最初の営業日も出勤しちゃって、実家への帰省を一月半ばにしちまうんだよな。」
そう話してるやつらに内心で俺なんか、帰省やめたしなと同意する。

そうして俺達は手早く掃除を終えて、フロアに向かう。
そこにはすでにサラダと軽く焼かれたバゲット、ビーフシチューとローストビーフが綺麗に盛り付けられておいてあり、白いニットを汚すことなく、掃除も料理も終えた九兵衛さんをすげえと思いながら、俺たちはオーナーから渡されたシャンパンで乾杯した。


食事も終わったあと、全員で片付けを終え、
「では、31日、よろしくお願いします。」
というオーナーの言葉に頭を下げて、俺は近藤さんとともに店を出た。

「九兵衛さんの飯、うまかったな。」
ベンチコートを着込んだ近藤さんがそう言う。

「ああ。」
黒のダウンを着込んだ俺は短い返事をした。
九兵衛さんは料理がうまい。
俺が風邪で寝込んだ時、看病に来てくれたが熱が高かった時はあっさりしたおかゆ、熱が下がってきたら鶏肉や刻んだ野菜、卵を入れてくれた雑炊とその時その時の体調にあった飯を用意してくれた。
そのどれもがうまかった。

「なんでもできるんだな、掃除もてきぱきやってたし。」
「ああ。」

掃除もできて、料理もうまくて、かっこいいのに美人で可愛らしい。
あんな人、この先、二度と出会える気がしない。
だから、絶対にあきらめたりできない。

汚れていい格好と言われて、着古したスエットの上下に履き古したスニーカーなんて格好の俺。
それに比べて、汚れていい格好でさえ洒落た服の九兵衛さんの幼なじみたち。
あの人たちの稼ぎなら、あの服が汚れてもあっさりと捨てて新しいものを買えるんだろう。
美意識っつか根本的なものがたぶん、俺と違う。

だけど、それでも、九兵衛さんをあきらめたりできない。

そんな事を考えてたら、
「トシ、携帯鳴ってる。」
と近藤さんに肩をたたかれ、俺は九兵衛さんの事ばっかり考えてて気もそぞろになっていたことに気がついて、慌てて携帯をダウンのポケットから出した。

「もしもし!」
誰がかけてきたかも確認せず、慌てて電話に出ると電話の向こうで、クスクスと可愛らしい笑い声が聞こえてきて、電話相手が九兵衛さんだと悟る。

「そんな慌てて電話にでなくても、でなかったからかけ直すのに……」
と笑ってる九兵衛さん。

俺は近藤さんに謝るジェスチャーをして、近藤さんに会話が聞こえない所まで離れ
「どうした?」
と九兵衛さんに聞く。

さっき、店であったばかりなのに、解散してすぐに電話が来たから、思わずそう聞いていた。

「スエットの上下、店に忘れてるよ。」
俺の質問に、九兵衛さんはくすくす笑って答える。

「えっ?!」
「最後に店出る前に、店の中確認したら、トシくんのスエット、ロッカールームのソファの上に置かれてたよ。
必要なら、後で家に届けるけどどうする?」

言われて気がつく。
出勤時にスエットの上下を入れて持っていた紙袋を俺は持ってなかった。
別に、捨てようと思ってたやつだから、忘れたところで何の問題もない。

ないけど……家に届けてくれるというのなら……その時に二人で会えるな……
瞬時にそう思い、俺は
「届けてくれんのか?」
と聞いていた。

「うん。
トシくんがそうして欲しいなら。」
可愛らしいそのいい方に、
「そうして欲しい。」
俺はそう答えていた。

「うん、分かった。
10時くらいにトシくんのアパートに行くね。」

「ああ、待ってる。」

「あとでね。」
そう言って電話は切れた。

今日の大掃除は夕方5時から始まって、7時過ぎに終わった。
そのあと、九兵衛さんがみんなに飯を振る舞ってくれて、今は8時半すぎだけど、10時に来るのはまぁ色々あるからだろう。
主に、四人の邪魔者……じゃなくて守護者がうるさいからとか。
そう思いながらも、頬は緩む。

「なに、その顔。
緩んでるけど、電話誰から?」
と近藤さんに聞かれたが、何て答えたかも覚えてない。
それほど、俺は九兵衛さんに会えるのがうれしかった。
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