銀魂

□俺の前から消えてくれ
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「昨日、近藤くんは妙ちゃんの家の屋根の瓦を破壊したりしたのか?」
携帯を見ていた九兵衛は、土方に視線を移してそう聞いてきた。

「屋根瓦か?
破壊したって言うか、あの女が近藤さんを殴ったら、近藤さんが屋根まで吹っ飛ばされて、その時に瓦が割れたっつーのは近藤さんを迎えに行った山崎から聞いたが……」

そう答えた土方に九兵衛が
「起きてもらっていいか?
僕は、今から妙ちゃんの家に行ってくる……」
と言うので、土方は
「はぁ?!」
と叫んでいた。

「屋根の修理に人手が欲しいらしい。
新八くんが万事屋の仕事があって家にいなくて、妙ちゃんが一人で屋根の修理をしているそうだが、終わりそうにないそうだ。
だから、手伝いに行ってくる。」

九兵衛は淡々と言う。

「お前、今日、何ヶ月ぶりの長い時間一緒に過ごせる日か分かってんのか?!」

それに対して、土方は驚いてしまった。

ここ最近、九兵衛が忙しくて夕食だけ共にするとか、ランチだけするとか、そんな短時間の逢瀬が多かった。
今日は本当に久しぶりに九兵衛の時間が空いて、『君の所に泊まっていっていいか?』と言われて、そのつもりでいたのに、あっさりと覆されて土方は頭にきた。

自分は昼は仕事だけれど、九兵衛の時間が空いたからと、わざわざ自分の部屋に呼んで、そこで仕事をしていたくらい、顔にも言葉に出さないが、九兵衛と過ごせることを楽しみにしていたのに、あっさりと自分ではなく、妙からの呼び出しに応じると言うのだ。

「泊まりまでできるほど、長い時間いられるのは二ヶ月ぶりだったか?」

「二ヶ月半ぶりだ!」

「いつも、忙しくしていてすまない。
しかし、恋人の上司が友達の家を破壊して、その修理が終わらないと言われて知らん顔なんて僕はできない。」

そう言われたら何も言えない。

もとをただせば、近藤が志村家の屋根瓦を割ったのが悪いわけだし。

ただ、妙は今日は九兵衛の予定が空いているのを知っていて、空いているのに自分に会いに来ないなら土方といるだろうと当たりを付けて、『近藤に壊された屋根の修理』という、土方も九兵衛も断りづらい理由を付けて呼び出したのだと思う。

さっき、九兵衛も言ったように、『自分の恋人の上司が妙に迷惑をかけたら、知らん顔ができない』からだ。

土方としても、近藤のせいでと言われたら、何も言えない。

何も言えないけど、それでも、久しぶりに会えた恋人と甘い時間を過ごせると思ったら、自分より女友達を優先するなんて……

普通の女じゃないから、相手が自分でも付き合っていけるんじゃないかと思った。
けど、今は普通の女みたいに、自分を一番にして欲しいと土方は思ってしまった。

いや、今じゃない、本当は九兵衛が自分の気持ちを受け入れてくれた時からずっと、自分を一番にしてほしいと思っていた。
でも、鬼の副長とか、真選組の頭脳とか言われてる自分が、九兵衛より遙かに年上の自分が、年下の九兵衛にそんなこと言えないから、黙っていただけだ。

だけど九兵衛と付き合いだしてから、土方自身知らなかった、自分の情けない面を知ることになった。
好きな女に自分のことを一番に考えろなんて、今まで思ったことなかったのに。

俺より、あの女の方が大事なのか?!

俺より、将軍の方が大事なのか!?

俺より、柳生家の方が大事なのか!?

っつか、てめーは柳生四天王をはじめ、なんでいっつも男に囲まれてんだ?!

お前、逢ってる最中に俺が仕事で呼び出されても寂しくないのか!?

という言葉を、土方は何度飲み込んだだろう。
何度、そう言ってしまいそうになっただろう。

でもそれを言わなかったのは、そんな事を年下の恋人に言うような自分が、自分で情けなくて許せないからだ。
自分は真選組副長・土方十四郎だというプライドがあるから、その言葉を言わなかっただけだ。

でも、たった一人の女にこんなに感情をかき乱される自分は嫌いだ。
っつか、そもそもこいつがいなかったら、俺はこんなに悩むこともないし、こんな情けない自分を自分で知ることもなかったんだよな。

そう思ったら、頭で考えるより先に土方は言っていた。
「お前、もう、俺の前から消えてくれ。
お前がいなけりゃ、お前は俺より他のもんが大事なんだろうとか思うこともねぇ。
こんな情けねぇことを思う自分を知ることもなかった。」

言ってから、はっとする。

九兵衛は、膝に土方を乗せたまま、無表情に土方を見ていたが
「分かった。」
と一言言うと、携帯を操作して耳に当てた。

これは、どう考えても自分が悪い。
心の中で色々考えていたことを、つい頭にきて口に出してしまった。

でも、この行為こそ、情けなくてみっともないじゃないか。
しかも、こんなことを口にしながらも、九兵衛と別れたくないと思ってるところが、さらにかっこ悪い。

それに分かったっていったよな、こいつ。
分かったってことは、俺の言った言葉を受け入れて別れるって事だよな。

っつか、こんな簡単に別れられる程度にしか、こいつは俺を想っていなかったってことなんだろうか……
九兵衛に膝枕をされたまま、そんなことを考える。

俺の前から消えてくれ、なんて言ってしまったし、九兵衛と付き合いだしてから自分の情けない部分とかみっともない部分を知って自身に憤る事もあったけれど、それでも九兵衛を愛している。
なのに、九兵衛はもう土方を見てはいない。

いや、消えろとか言ってしまったが、本当は九兵衛に消えて欲しくないし、別れたくない。

この状態から起死回生、するにはどうしたらいい?!
真選組の頭脳と言われた頭をフル回転させている土方だけど、
「もしもし。」

電話の相手が出たのか、九兵衛は土方に視線もよこさず、話し始めた。

「僕だ。
東城、これから門下生を五人くらい連れて、妙ちゃんの家に行ってくれないか?
門下生の人選はお前に任せる。
妙ちゃんの家の屋根が壊れてしまって、修理の為の人手がたりないそうだから。
手伝ってくれた門下生には、僕からあとで時給2000円でかかった時間分の手間賃を払うから。」

話の内容に土方はぽかんとする。

え、どういうこと?

九兵衛の電話相手の東城が叫んでいるのが土方の耳にも聞こえる。

「若、今日は土方殿と逢うから付いてくるな、付いてきたらもう二度とお前らと口をきかんと言うから、我々は若を見守ることを諦めたのです。
ですが、若!
土方殿との約束の方が、妙殿の家の修理より大事だというのですか!!!」

始まったよ、過保護ド変態の大騒ぎが。
やつら、真選組屯所に押しかけて九兵衛に怒られた後、今度は土方と逢うために出かける九兵衛の後を付けるようになったのだ。
それに気がついた九兵衛が四天王を道場に正座させ、
「これ以上、僕につきまとうなら、お前らとはもう口をきかん!」
と言ったのだが、それでもなんとか九兵衛に分からないように九兵衛の後を付けようとして、それに気がつくたび、九兵衛は四天王に怒っている。
それを土方は過保護ド変態の大騒ぎと呼んでいる。

その過保護ド変態の大騒ぎに、九兵衛は冷静な声で返す。

「大事なものに順番など付けられるか。
ただ、今日は、土方くんを優先する。
二ヶ月半、僕は彼以外のものを優先してきたのに、彼はずっと我慢してくれていたんだから。
っつか、お前もいい加減に分かれ。
僕は、土方十四郎を愛している。
誰になんと言われても、彼と別れられないのは僕の方だ。
分かったら、今後は土方くんとの交際について、一切の口出しは無用だ。」

電話口からは東城の号泣する声が聞こえたが、九兵衛は気にした様子もなく電話を切ると、呆然と自分を見上げてる土方にしっかりと視線を合わせた。

「悪いな、君は僕に消えて欲しいようだが、僕は君の前から消える訳にはいかないんだ。
だって、僕は君を、愛しているから。
僕はきっと、その時その時で、優先するものが変わるだろう。
今日は君を優先しても、明日は君を優先することはないかもしれない。
柳生家の次期当主というのは、惚れた男を一番に優先できる立場ではないからな。
ただ、それでも僕は君を愛している。」

口元にかすかに笑みを浮かべている九兵衛が愛しくて、土方は体を起こすと、
「本音を言えば、俺を一番に優先して欲しいが、お前が愛してると言ってくれたから、それで十分だ。」
とつげ、その唇に口づけていた。

九兵衛の腕が、土方の背中に回る。
土方も九兵衛をきつく抱きしめた。

END
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