銀魂

□花魁道中・玖
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「柳殿を独り占め出来るとは、いいものでござるな。」
九兵衛に膝枕をしてもらいながら、万斉は満足気だ。

総仕舞い当日。
総仕舞いのはずなのに店は静まり返っていた。
他の遊女たちはみんな、それぞれの部屋で休んでいるはずだ。

遣手は総仕舞だけれども他の遊女は好かないという万斉の言葉を受けて、他の遊女たちには自分の部屋で休むように言い、万斉のことを九兵衛の座敷に通した。

「ほんとに万斉様は酔狂な方でありんす。
これでは何のための総仕舞いかわからないでありんしょう。」
「拙者、別に大勢の遊女を侍らしたい訳ではない。
ただ、柳殿を独り占めしたかっただけでござる。」
万斉は手を伸ばし、九兵衛の唇を指先でなぞる。
九兵衛はその万斎の指先を口に含んだ。
「食われたでござる。」
万斎が楽しそうに笑う。

「わっちは万斎様を食べたりはおざんせん。
ただ、万斎様の指先を愛しいと思っただけでありんす。」
指先を口から離し、万斎に笑いかけると、万斎は起き上がって九兵衛を抱きしめた。

「それなら、拙者の身請けを受けてくれないでござろうか。
金ならすぐに用意できるでござる。
やはり拙者、柳殿を身請けしたい。」
「万斎様……」
ため息をつきたいのを堪え、九兵衛は万斎の名前を呼ぶ。

年季明けの引き取りを高杉にお願いしたというのはもう決まったことで、この町の人たちにも知れ渡っている。
なのに未だに自分が身請けしたいと申し出てくる人が後を絶たない。
高杉のことを愛せるかもしれない、と思うときはある。

けれども今現在、自分が愛しているのは土方十四郎だけだ。
ただ、愛してるのは土方一人だけど、真選組の副長である土方と共に生きていくことはできない。
幕府に仕える武装警察真選組の副長の妻が遊女上がりだなんて、そんなことは土方の枷にしかならないからだ。

土方は真選組なんかやめてもいいというが、そんなことをしたら遊女を妻にするためにその地位を捨てたとか周囲の人間から言われるだろうし、第一、幕府の要人をも客に持つ九兵衛を妻になんかしたら、その人たちの方から土方を失脚させる可能性もある。
自力で今の地位を手に入れた土方の枷にはなりたくない。

だけど、土方と一緒にいられないのなら、誰と添い遂げたって九兵衛にとっては同じだ。

土方以外、誰だって同じだ。
だから、最初に身請けを申し込んできた高杉に引き取りをお願いした。

本当は、土方の身請けを受けたかった。
受けたかったけど、諦めざるを得なかったのに。
身請けの話が持ち込まれる度、断りながらも自分は本当は土方と生きていきたいんだと思わされてしまう。
だから、いい加減に身請けの申し込みが落ち着いてほしいと思う。

「万斎様。
わっちは武州の名家の生まれでありんした。」
万斎の背中に腕を回し、抱きつきながら九兵衛はいう。

「知ってるでござるよ、柳生九兵衛殿。」
万斎の九兵衛を抱きしめる力が強くなる。
「本名も知ってるのでおざんすな。」
「ああ。」
「そうでおざんすか。
わっちが13の時、父が金貸しにだまされてわっちはその金貸しの家に妾奉公にあがることになりんした。
けどその夜、賊が金貸しの家に押し入り、わっちは賊から女衒に売られたんでありんす。
そしてその女衒はわっちをここに売りんした。
金貸し、女衒、そして遊郭。
わっちは三度人に買われんした。
だからもう、誰かにお金で買われるのはいやでありんす。
借金は自分で返しとうおざんす。
それできっと、本当の意味でわっちは自由になれるでありんしょう。」

言い終わるか終わらないかのうちに万斎が九兵衛に深く深く口づけた。

あまりに長くて深い口付けに九兵衛は苦しくなって、万斉の背中を叩く。
それでやっと万斉は唇を離してくれたけど、代わりに九兵衛の頬に触れた。

「柳…九兵衛殿の気持ちはわかるでござる。
惚れた女の願いはかなえてやりたいでござる。
けど、それ以上に、惚れた女を他の男に抱かせたくないという自分の気持ちに嘘はつけないでござる。」
深くて長い口づけのせいで肩で息をしている九兵衛の瞳を万斎はのぞき込む。
一つしかないその瞳に映る自分の顔は真剣だった。

九兵衛を身請けするためのお金は、人を殺すことで得たお金だ。
誰かの命の対価で、惚れた女を身請けすることに罪悪感がないわけじゃない。
もう殺しには慣れてしまい、その瞬間すら罪悪感は感じないというのに、そのお金で九兵衛を身請けすることには罪悪感を感じる。

けれど、それ以上に、九兵衛を他の男にもう抱かせたくないという気持ちが強くなっている。

「けど、きっと、わっちが遊女でなかったら、わっちは万斎様と出会うことはなかったでありんしょう。
どっちを選ぶでありんすか?
遊女じゃないわっちと出会わない人生と、遊女になったからこそわっちと出会えた人生と。
わっちは、あなたに出会えた人生も、悪くないと思ってるでおざんすが。」

万斎は自分を見つめて微笑む九兵衛のその唇にもう一度深く口づけた。
口内に入ってきた万斎の舌に九兵衛は自分の舌を絡め、その背中に手を回す。
口づけられたまま、着物を開かれ、万斎の手が九兵衛の胸に触れる。

それを受け入れながら思う。
本当はいつだって、どんな時だって、遊女になんてなりたくなかったと思っている。
遊女というか、そもそも金貸しのところに妾奉公になんて上がりたくなかった。
本当は、名家と言われる実家が没落したとしても構わなかった。
ただ、ただ、隣に土方さえいてくれれば、家が没落してもお金がなくても別によかったのに。

心で思うのと違うことを言った九兵衛の帯を緩めながら万斉は九兵衛を見つめる。

「拙者も九兵衛殿に出会えてよかったと思っているでござる。
自分がこんなにも誰かを愛してしまうなんて、九兵衛殿に出会うまで知らなかったでござる。」

そう、出会えてよかった。
そして確かに九兵衛が遊女にならなかったら、九兵衛と自分が出会うことはなかったと思う。
武州の名家の生まれの九兵衛と、殺し屋をしている自分に接点があるわけないから。

でも、やっぱり、他の男に九兵衛が抱かれるなんていやだ。
特に、彼女が本当は愛しているんだろう土方と、年季明けの引き取りが決まっている高杉に抱かれるのは許せない。

だから、紋日に総仕舞いをした。
九兵衛に自分の本気を示すためでもあるけれど、なにより自分の経済力を土方と高杉に見せつける意味もあるのだ。

お前らがすぐに用意できないだろう身請け金も自分ならすぐに用意ができる、と。
それに他に登楼客がいるからと、余韻もさめないうちに次の客の元に行くために九兵衛に部屋を出て行かれることもない、紋日の総仕舞いはいいものだ。
次の紋日も総仕舞いをしよう。
万斎は自分の下で喘ぐ九兵衛を見つめながらそう決めていた。
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